稲葉市長による
ω 議会無視の再開発予算流用裁判 ω


【東京地方裁判所】 訴    状   2003.2.5
             原告意見陳述   2003.5.8
             原告準備書面(2)2003.9.11  (3)2003.11.4  (4)2004.1.21
             判決 2004.4.28(要旨)   (全文)


【東京高等裁判所】 控訴状 2004.5.27 控訴理由書 2004.8.24
             控訴準備書面 2004.10.21(1)   (2)
             判決 2004.12.21(一部)


【最高裁判所】    上告受理申立理由書 2005.2.22

            決定 2006.2.7






 20006.3.1 原告11人の共同コメントを発表しました



再開発予算流用裁判を終えて

  2002(平成14)年度に、稲葉市長が、議会が否決した「武蔵小金井駅南口第1地区第一種市街地再開発事業に関する都市計画図書作成委託料」を他の予算から流用して執行したことについて、私たち原告団が「流用が違法であることの確認」「損害賠償の請求」の二点を求めて提起した裁判が、2006年2月7日に最高裁判所の結論が出ることで決着しました。
  最高裁は、一審の東京地方裁判所、二審の東京高等裁判所が判断した「稲葉市長が行なった予算流用は地方自治法違反であるが、製品(都市計画図書)が納品されているので損害があるとまでは言えない」との判決を追認し、上告を受理しないとの判断を下しました。
  原告である私たちとしては、「違法である」との判決が確定したことを前向きに評価する一方、裁判所が損害賠償責任に踏み込めなかった点は残念だと考えています。違法な予算流用をしても製品さえ納品されれば損害はない―というのでは、違法行為を奨励するようなものであり、今後に課題を残すことになりました。
  ただ、武蔵小金井駅南口再開発事業が、その都市計画の策定を違法行為によって行なったという事実が明らかになったことにより、今後この再開発事業の正当性が法的観点からも問われることになりかねません。
  一方、稲葉市長は、「違法である」との判決が確定したことを受けて地域新聞に投稿記事を掲載し、その中で「この様なケースが再びあるとは思えませんが、もし、あったとしても私は、同じ行動をとるでしょう」と開き直っています。議会の議決に従わないばかりか、地方自治法違反という司法判断を示した裁判所の判決にも従わない稲葉市長の態度は、三権分立の現行の民主主義の根本原則をも踏みにじるものといわざるをえません。
  私たちは、市政が法律・条例・規則などに則って適正に行なわれるよう、今後も厳しい監視の目を光らせていきたいと決意を新たにしております。まちづくりは、市民の英知と情熱を結集して行なうべきものであり、このような違法行為で行政手続だけを強行しても、決して完成するものではありません。
  最後に、この裁判を支えていただいた数多くの市民の皆様や、社会正義のために意義がある訴訟として採算を度外視して取り組んでいただいた弁護士の皆様に心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

 2006年3月1日                    

  再開発流用裁判原告団(50音順)
青木ひかる/板倉真也/稲垣庸子/井上忠男
漢人明子/小山美香/斉藤康夫/関根優司
野見山修吉/藤村忍/渡辺大三

(なお、森戸洋子は市議会議長就任時に、厳正中立を守るため原告から外れました)

                      



 
20006.2.7 上告棄却   最高裁第三小法廷 藤田宙靖 裁判長

 近日中に弁護士さん達とも相談して原告のみなさんとコメントを出します。損害賠償が認められなかったのは残念ですが、最高裁も、再開発事業の強行のために行われた“議会意志に反する予算流用は違法”と判断したわけです。
 なのに、その再開発事業は、すでに権利変換期日を過ぎ、地域のみなさんは3月中に立ち退き、という段階なのです…。


 
20005.2.22    最高裁へ「上告受理申立理由書」を提出しました


 
20005.1.7 

最高裁への上告決定

 判決が12/21ですから最高裁への上告期限は1/4でした。年末年始にかかり、原告それぞれに相談・検討する時間がとれないことから、昨年中に上告手続きを行い、場合によっては取り下げることも含めて、あらためて原告会議を持つこととしていました。本日の会議で正式に上告を決定しました。

 最高裁では、まず、この上告の「受理・不受理」を決めます。この決定は早く出るようです。受理すると書面審査に入り、
@高裁の判決が正しいとして上告を棄却する
A高裁での審査に不十分な点があるため、高裁に差し戻す
B最高裁として、さらに審査をするために口頭弁論などの法廷を開く
という3つの可能性があります。Bの場合は高裁判決を覆す場合が多いとのことです。

 上告の理由はあらためてアップしますが、「違法行為」による支出であっても対価物があれば損害賠償は必要ないという高裁判決では、法律違反行為もやり得ということになり住民訴訟もできなくなってしまいます。「議会の意思に反する市長の予算流用は違法」であることは確認されたのですから、今後、全国各地の自治体で同様のことが起きないためにも「違法な支出」は返還(弁償)させるのが当然です。  


 
20004.12.21 判決言い渡し 東京高等裁判所第19民事部 岩井 俊 裁判長

市長の予算流用は違法! 

 市議会定例会中のため、傍聴に行くことはできませんでした。弁護士さんからの電話で結果を聞き、判決文もFAXで送ってもらいました。

 地裁とほぼ同様の判決で、市長の予算流用は地方自治法違反と認めた上で市に損害はないとして、訴えは棄却しています。
 「住民訴訟」では「損害賠償請求」という形を取らざるを得ず、その部分では棄却ですが、私たちの訴えのメインである「議会無視の予算流用は違法」については高裁も明確に認めましたので、地裁判決同様、実質勝訴です。

 さらに最高裁に上告するかどうかは、原告のみなさんと相談して近日中に決定します(上告期限は2週間です)。

 判決の一部をアップします。


 
20004.12.21 控訴審第3回公判 
結審。
12月21日(火)午後1:15 判決です。


 
20004.10.21 控訴審第2回公判 
 市長側から出された反論は一審とほぼ同様の繰り返しです。
 次回、11月9日(火)で結審の予定です。


 
20004.8.24 控訴審第1回公判 東京高等裁判所第19民事部 
 市議会の駅周辺調査特別委員会のため、傍聴できませんでした。


 
20004.5.12 控訴 
 原告12人で何度も協議した結果、完全勝訴に向けて控訴することになりました。ただし、現議長職の森戸洋子議員は加わらず、原告は11人となります。


 
20004.4.28 判決言い渡し 東京地裁民事第2部 606号法廷 市村陽典裁判長

市長の予算流用は地方自治法違反 実質勝訴!

 「原告漢人明子外、被告小金井市長、公金支出差止請求事件。 主文、原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

法定での市村裁判官の朗読はこれだけ。
「負けた…」 傍聴席の私たち、弁護士さんたち、ともに呆然…

ところが、別室に移り判決の全文を読むと、私たちの訴えた「市長の予算流用は違法」については全面的に認めています。
私たちの提訴の目的は「議会の予算議決権を侵す市長の地方自治法違反」を問うものですから、実質勝訴というわけです。

なのになぜ敗訴かというと…
住民訴訟は「損害賠償請求」でしか起こせないため、判決は、違法な支出だけど、成果物(都市計画決定のための調査報告書)を受領しているから市に損害はなく、損害賠償請求の理由がない、だから「棄却」としています。

でも、これはおかしいです。
この判決に従えば、違法な公金支出も対価さえあれば「やったもん勝ち」になってしまいます。

控訴するかどうかは、あらためて原告12人で相談します。

判決の主要部分は近日中にアップします。

 

 
20004.1.21 第5回公判 東京地裁民事第2部 606号法廷 市村陽典裁判長

 漢人は多摩議員ネットの研修合宿と重なり、傍聴できませんでした。

 市長側は12月議会で2002年度決算が認定されたことで、この予算流用も議会が追認したことになり、違法性は「治癒」されたと主張してきました。
 わたしたちは、決算認定によっても予算流用の違法性が無くなるわけではないし、そもそも決算は300億円を超える市政全般についての判断であり、この予算流用への判断とは一致するとは限らないと主張しました。

 今回で結審。次は4月28日(水)1:15〜判決です。



 
20003.12.11 武蔵村山市の予算流用裁判 前市長の控訴棄却

 武蔵村山市では、病院誘致をめぐる前市長の予算流用問題をめぐり、14人の市議が市長を訴えています。一審の東京地裁では前市長に損害賠償を命じる判決が出ていましたが、10日、東京高裁は前市長側の控訴を棄却しました。
 詳しくはこちらをご覧ください。


 
20003.11.4 第4回公判 東京地裁民事第2部 606号法廷 市村陽典裁判長 

 市議会全員協議会と重なったため、原告の議員は出席できませんでした。

 弁護士さんからの報告によると、市の弁護士から反論書が提出されましたが、従来の主張の繰り返しでした。原告側は予算流用により27.03uの土地が買収できなかったことを指摘し、流用の違法性も主張。被告側は「次回に反論する」と表明しました。また、裁判官は「事実関係の争いはないので証人は必要ない」と判断したそうです。

 武蔵村山市の類似の予算流用裁判の高裁判決が12月10日に出るそうです。同じ弁護士さんが取り組んでいますが、勝利の見通しとのことで、次回の弁論には活用したいとのことです。

 次回は2004年1月21日(水)11:00です。 


 
20003.9.11 第3回公判 東京地裁民事第2部 606号法廷 市村陽典裁判長 

 まず、原告(わたしたち)に対し、前もって提出している準備書面(2)の通りの陳述をするかが確認され、被告(市長)の前回の主張の内「議会は、平成15年予算を可決することで再開発事業を進めることと合わせて昨年の予算流用も追認した」という点についての反論を次回までにするようにと求められました。また、被告に対しては今回のわたしたちの準備書面への反論が求められました。
 わたしたちは2月に訴状で「予算流用の違法性」を主張し、今回の準備書面では「南口再開発事業の問題点」を訴えました。弁護士さんたちは、今回の準備書面を書くにあたって、いっしょに再開発地区の現地調査をし、この間の膨大な議事録(本会議・委員会など)にも目を通してくださいました。
 今年度予算が可決した5月臨時議会で賛成議員を増やすために市長が発言した「25階建てビルの高さの検証をする」の結論がこの9月議会中に明らかになります。この件も含めての次回への反論になるのはもちろんです。
 弁護士さんの見通しとしては後1〜2回のやりとりで判決になるのではないかということです。
 次回は11月4日(火)11:00です。 


 
20003.7.1 第2回公判 東京地裁民事第2部 606号法廷 市村陽典裁判長 

 原告(私たち)、被告(市長)とも前もって準備書面をだしているので、法廷では、「準備書面の通り陳述しますか」との裁判長の問いにそれぞれの弁護士が「はい」と答えて、後は次回の日程調整など。裁判長から原告に対して「次回は目節間の流用は違法ではないとの被告の主張に対する反論をするように」という発言がありました。
 市長からの準備書面の提出が6/27とギリギリだったため、今回での反論は間に合いませんでしたが、この中で述べられていたのは「この予算流用は違法ではないし、2003年度予算が可決されたことで、再開発事業を進めることは正しいと追認された」という主張です。
 次回は9月11日(木)13:30です。


 
20003.5.8 初公判 東京地裁民事第2部 606号法廷 市村陽典裁判長 

 提出済みの「訴状」「答弁書」の確認の後、裁判長から「被告は次回までに予算流用が適法であることを正面から立証してください」との指摘がありました。稲葉市長の答弁書では最も重要なこの流用の適法性に触れず、ひたすら「再開発は必要」のみを主張しています。
 最後に、青木ひかるさんが代表して以下の意見陳述を行いました。この裁判の核心を明確にした格調高い内容です。
 原告は市議11人と弁護士3人、被告は稲葉市長は欠席で弁護士2人、総務課、財政課、都市計画部などの市職員が6人くらい来ていました。
 次回は7/1(火)13:30です。



 原告意見陳述

  原告5会派12人の市議会議委員を代表して陳述を行います。まず最初に、このような陳述の機会をお与えいただいたことを、裁判長に深く感謝申し上げます。次に、被告の稲葉孝彦小金井市長が欠席したことに厳しく抗議いたします。
  初公判が、憲法記念日に近い本日5月8日に開かれたことを大変感慨深く感じています。
  「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」、日本国憲法はこの言葉から始まり、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり」と続いています。
  地方自治においても、この原理は変わりません。地方自治法は、首長と議会がそれぞれ直接選挙によって選出されるという二元代表制を骨格として成り立っています。首長は予算を作る権限があり、議会は提案された予算を議決する権限、修正する権限があり、首長は議決の結果を尊重する義務がある。これによって、首長の暴走を避け、民主主義を保障しようとする制度です。このような法の趣旨を鑑みるに、このほど小金井市の市長と市議会の間に起こったことは、絶対に見過ごすことのできない問題です。

  稲葉孝彦小金井市長は、都市基盤整備公団(以下都市公団といいます)を事業主とするJR武蔵小金井駅南口市街地再開発事業を2001年度中に都市計画決定しようとし、2001年3月、そのために必要な図書作成業務委託料、およびまちづくり業務委託料を予算案に計上し、市議会はこれを賛成多数で可決しました。しかし、現実は市長の目算どおりに運ばず、これらの業務委託は、2001年度中に完了する見込みが立たなくなりました。そこで市長は2つの委託料合計2,663万9,000円を翌年度へ繰り越そうとし、繰越明許費を議会に提案しました。議会は事業内容や採算性、事業見通しが不明確なまま再開発事業を進めることに反対し、これを含んだ補正予算を否決しました。ところが市長は、この議会意思を無視し、新年度(02年度)明けると間もなく、02年度一般会計に予算の存在しないまま、別の費目から流用した税金をあてこんで、二つの委託事業について都市公団と委託契約を結んでしまったのです。
  市長は、事業促進の地元組織から再開発を迅速に進めるよう求める要望書が出されていたことや、都市公団や東京都との間の信頼関係を理由に、「議会に予算を否決されたからといって再開発事業を中止または中断できるような状況ではなかった」、と予算流用による契約を正当化しようとしています。そして、「今中断してしまったら二度と駅前整備を行うチャンスは訪れない、今やるしかないのだ」と主張し続けています。しかしその台詞は、市街地再開発事業などの大規模プロジェクトを進めようとするたびに、全国各地の自治体首長や官僚が口にしてきた言い古された決り文句です。このような掛け声のもとでバブル期に進められてきた再開発事業が今次々に破たんしているのは周知の事実です。再開発事業の破たんは主要には事業計画の破たんであり、計画段階で執行機関からも議会からもチェック機能が働かなかったことにより引き起こされたと言えます。
  2001年度予算が可決されて以降、武蔵小金井駅南口再開発事業について市議会が求めた事業計画検証のために必要な資料のうち、公開されたものはほんの一部に過ぎません。いまだに市議会は、コアとなる予定のテナントがどのような条件で覚え書きを交わしているのか、3棟予定される再開発ビルのそれぞれの権利床・保留床の面積はいくつなのか、保留床処分計画の内容はどこまで詰まっているのか、などについてまったく知ることができません。また、この予算にかかわる再開発第1地区の地権者全員参加による地元組織であった「武蔵小金井駅南口第一ブロックまちづくり推進会」が、都市公団の計画内容に異を唱え、同年7月28日をもって解散しました。その後都市公団の計画に賛同する地権者により「武蔵小金井駅南口第一地区再開発促進会」という名の別組織が発足しましたが、ここに参加しない、元「推進会」会長および役員を含む地権者が都市計画決定に対し反対の意思表示をし、有力な地権者の間で意見が対立したことが明白になりましたが、市はこれに対して何の対応も取ろうとはしませんでした。さらに地権者全体の合意状況について、市は「9割が賛成していると聞いている」と答弁するばかりで、意向調査のフォーマットも、具体的な地権者の回答内容も把握しておらず、「個人の生活設計やプライバシーにかかわることの把握は都市公団の役割である」と言い切りました。これでは公的責任の放棄はもちろん、当事者意識の欠如としか言いようがありません。このような状況のもとで、多大な公的資金をつぎ込む巨大事業をみきり発車させるような無責任なことはできない。私たちはそのように考え、都市計画決定を進めるための予算繰越に反対したのです。そしてその議会意思は、その後市議会が2003年度当初予算について、再開発事業関連予算をそっくり削除する修正を行って可決したことによりさらに明白なものとなったといえます。

  訴状に述べたとおり、市長の予算流用は、議会の議決権を侵害する違法なものです。市長は、繰越明許を含む01年度補正予算が否決された時に、市長の拒否権である「再議」権を使うことはせず、問題部分を自ら削除した補正予算を出しなおして市議会の可決を得ました。このような「市議会の議決尊重」と思わせる態度の裏で、流用による措置と契約締結が行われたというのが実態です。これは明らかに議会意思に反することを十分理解した上で、故意の議決回避を行ったものであり、きわめて悪質です。もしもこのような予算流用を認めるならば、議会の議決は意味をなさなくなり、二つの代表機関の間に働くべきチェック・アンド・バランスは崩れ去り、議会の存在理由はなくなってしまいます。
 私たちがこの訴訟を提起する目的は、ひとり小金井市民の利益を守ることにとどまるものではありません。政治不信が世に渦巻き、国・地方問わず投票率が低迷し、民主主義が見えなくなっている今だからこそ、地方議会に対する信頼を回復しなければなりません。市民が、首長と市議会という二つの代表を通じて行動しようとしていること、市政は市民の厳粛な信託であり、多様な価値観を持ち、時代とともに変化し成熟してゆこうとする市民こそが主権者であり、権力は個人に由来するものではないこと、このことをいつも思い出してほしいというメッセージを全国の地方自治の現場に向けて発信するために、私たちはこの訴訟を提起いたします。公正な判決を心からお願い申し上げ、私の陳述を終えさせていただきます。ありがとうございました。

                        2003年5月8日
                           小金井市議会議員 青木ひかる

*契約に基づく委託料が支払われたため、請求の趣旨のうち主位的請求は取り下げ、予備的請求が審理の対象となります。また、支払日が明らかになりましたので、次回準備書面で遅延損害金の起算日を訂正することになります。




訴      状
 
2003(平成15)年2月5日
 
東京地方裁判所  御 中
 
当事者の表示  別紙当事者目録記載のとおり
 
原告ら訴訟代理人弁護士  小  林  克  信
同       土  橋     実
同       河  村     文
 
公金支出差止等請求住民訴訟事件
 訴訟物の価額950,000円
 貼用印紙額  8,200円
 
請  求  の  趣  旨

<主位的請求>
1 被告は,平成14年5月14日,都市基盤整備公団との間で締結した,@武蔵小金井駅南口地区第一種市街地再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)委託契約に基づく委託料金690万9,525円,及び,A武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)委託契約に基づく委託料金683万0,880円を支出してはならない
2 訴訟費用は被告の負担とする
 との判決を求める。

<予備的請求>
1 被告は,訴外稲葉孝彦に対し,金1,374万0,405円及びこの金員を被告が都市基盤整備公団に支払った日の翌日から支払い済みまで年5分の割合による金員を請求せよ
2 訴訟費用は被告の負担とする
 との判決を求める。
 
請  求  の  原  因

第1 当事者

1 原告らは東京都小金井市(以下「市」という。)の住民であり,同市の市議会議員である。
2 被告は,東京都小金井市長である。
3 訴外稲葉孝彦は,後述する債務負担行為が行われた際,市長の職にあった者である。
 
第2 議会の否決した費途に対する予算流用と違法・無効な債務負担行為

1 本件の経過

(1) 平成12年7月,市は,武蔵小金井駅南口地区市街地再開発事業(以下「本件事業」という。)に係る市の方針を決定し,都市基盤整備公団(以下「公団」という。)に対し,事業化に向けた覚書の交換を依頼した。

(2) 平成13年3月2日,同年の第1回市議会定例会本会議において,「第3次小金井市基本構想の策定について」が可決された。同基本構想には,武蔵小金井駅周辺市街地整備が基本的施策としてうたわれていた。また,同日可決された平成13年度一般会計予算には,本件事業の都市計画に関する図書作成業務(その1)委託料1,795万5,000円,まちづくり業務委託料869万4,000円が計上されていた。

(3) 予算成立後の同年3月,市議会議員選挙が行われ,原告らを含む24人が市議会議員に当選した。

(4) 同年6月18日,公団から市に対し,本件事業について「第1地区については事業化の目途がついた。第2地区については引き続き事業化に取り組む。」旨の回答があり,8月23日,市は公団との間で本件事業の事業化にむけた覚書を締結した。
 その直前である同月14日には,市は公団との間で,本件事業の都市計画に関する図書作成業務(その1)委託契約を締結し,さらに12月19日には,まちづくり業務委託契約をそれぞれ締結した。

(5) ところで,バブル経済崩壊後,全国各地で都市再開発事業が破綻し,地域社会を揺るがす重大な社会問題が生じている。市が計画している本件事業についても,今後必要となる多額の事業費によって,市の財政を圧迫する可能性が認められた。また,市民の理解が十分得られておらず,有力な地権者が市の事業計画に協力しないことを表明していた。こうした中で,市議会が繰り返し要求しているにもかかわらず,市は議会や市民に本件事業内容や見通しを十分説明せず,必要な資料も提供しないといった対応に終始していた。
 こうしたことから,本件事業は,市が当初予定したよりも大幅に遅れることになり,13年度に予定していた図書作成委託業務及びまちづくり委託業務は,同年度中に完了する見込みが立たなかった。

(6) そこで,市は,上記業務の委託料合計2,663万9,000円を,地方自治法213条(以下「法」という。)の規定に従って翌年度へ繰り越すことを決定し,この繰越明許費を計上した平成13年度一般会計補正予算案(第4回)を平成14年第1回市議会定例会に提案した。
 しかし,市議会は,事業内容や見通しが不明確なまま本件事業を進めることに反対し,平成14年3月23日,上記補正予算案を否決した。そのため,市は,同月27日,本件事業に係る繰越明許費部分を削除した補正予算案(第5回)を議会に再度提出し直し,議会はこれを受けて補正予算案(第5回)を可決した。

(7) 一方,平成14年度当初予算には,本件事業の図書作成業務委託料及びまちづくり業務委託料は計上されていなかったため,市は平成14年度当初予算で同委託業務を行うことはできない状態となった。そのため,市はすでに契約していた図書作成業務委託契約等を変更して精算の上,上記業務委託契約を平成13年度内で終了させた。
 上記経過について,市は公団に十分な説明を行い,公団は上記事情を熟知していた。

(8) ところが,市は,平成14年10月に本件事業の都市計画決定を得ることを強引に押し進めようとした。そして,市は,議会が否決したにもかかわらず,出し直した補正予算案(第5回)が可決された翌日の3月28日に,予算の存在しない図書作成業務とまちづくり業務について公団に見積を依頼した。
 4月22日,市は公団から提出された見積にしたがって委託料を捻出するため,すでに議決された平成14年度一般会計予算の(款)土木費,(項)都市計画費,(目)都市計画総務費,(節)公有財産購入費1億8,239万3,000円の中から,同じ款・項・目中の(節)委託料へ,1,374万1,000円を流用した。これによって,流用元の公有財産購入費に不足が生じる事態が生じた。
 そして5月14日には,市は公団との間で,@金690万9,525円の委託料で武蔵小金井駅南口地区第一種市街地再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)の委託契約を,A金683万0,880円の委託料で武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)の委託契約をそれぞれ締結し,同業務を委託した。

(9) その後,市は,同年6月に開かれた第2回定例会において,上記流用によって不足が生じた公有財産購入費を補填するため,都市開発整備基金から委託料相当額の1,374万1,000円を繰り入れることを内容とする補正予算案を提出したが,市議会はこの補正予算案を否決した。
 また,市議会は,「市議会が否決した再開発事業予算を勝手に執行し,独断専行で契約を強行した稲葉市長の責任を問う決議」を可決した。

2 予算流用と債務負担行為の違法・無効

(1) すでに述べたように,市は議会や地権者・市民に本件事業の内容や見通しをきちんと説明せず,市民合意が形成されていないのに本件事業を強引に進めようとし,議会が要求した資料の提出にも誠意ある対応を行わなかった。これに対し,市議会は,このような状態のまま本件事業を推進することは認められないとして,本件業務委託に対する予算の支出を明確に否定した。
 会計年度独立の原則から,当該年度中に支出できなかった予算は法213条の手続きによる承認を得られない限り,翌年度に執行することは許されない。繰越が認められない以上,当該事業の財源は新年度において補正予算をもって措置しなければならないが(甲2),市はこのような措置を講じなかった。そればかりでなく,市は,すでに述べたような予算の流用によって本件業務委託費を捻出し,公団との間で業務委託契約を締結するに至った。

(2) 確かに,法220条は,歳出予算の経費を目・節間において流用することを禁止していない。
 しかし,@普通地方公共団体の議会は,予算について議決権を有しており(法96条1項2号),普通地方公共団体の長は,予算を調製し,議会の議決を経なければならない(法211条1項)。長が予算を議会に提出するときにあわせて提出しなければならない予算に関する説明書では,目節の内容を明らかにしなければならないとされている(同条2項,施行令144条2項,規則15条の2,別記予算に関する説明書様式)。これによって,議会は,予算について議決するに当たり,目節の内容について考慮することができる。
 また,A普通地方公共団体の執行機関は,当該普通地方公共団体の条例,予算その他の議会の議決に基づく事務を誠実に管理し及び執行する義務を負うのであるから(法138条の2),長は,予算を執行するに当たり,議会の議決を尊重しなければならない。
 さらに,B法217条2項は,このような趣旨から,予備費について,議会の否決した費途に充てることができないと定めている。
 したがって,議会の否決した費途に充てるためにされた予算の流用は,それが目節の間における予算の流用であったとしても,議会の議決権を侵害する違法なものであり,このような予算の流用を受けてされた財務会計行為は,財務会計法規に違反する違法なものである(東京地方裁判所平成14年8月30日判決。甲3)。

(3) 特に本件流用によって,議会が承認した当初予算の(款)土木費,(項)都市計画費,(目)都市計画総務費,(節)公有財産購入費に不足が生じる事態が生じている。
 本件のような予算流用を認めるならば,執行機関は,議会の承認を得られそうもない予算は,流用が禁止されていない同じ款・項内の別の目あるいは節に潜り込ませるなどし,後に流用手続を行うことによって執行できることになってしまう。このような事態を認めれば,議会に予算の議決権を認め,執行機関に議会の議決に基づく事務を誠実に管理し及び執行する義務を課している法の趣旨は完全に没却されてしまうことになるので,断じて許されない。

(4) したがって,本件業務委託に関する債務負担行為は違法であり,本件業務委託契約は無効である。とくに,公団は上記一連の経過を十分認識しているのであるから,本件契約が無効と解されても,公団に不足の事態が生じるものではない。
 

第3 監査請求

 原告らは小金井市監査委員に対し,平成14年11月8日,上記業務委託契約の破棄,業務委託料の支払いの差し止め,市に損害が生じた場合には違法な公金支出によって市に損害を被らせた市長である稲葉孝彦個人に損害賠償請求を求めるよう住民監査請求を行った。
 しかし,平成15年1月6日,同市監査委員は原告らに対し,本件監査請求は理由がないとして請求を棄却した(甲1)。
 
第4 まとめ

1 違法・無効な契約の履行によって委託料が支払われれば,市に損害が発生することは明らかである。
 よって,原告らは被告に対し,主位的には法242条の2第1項1号に基づき,上記各業務委託契約に基づく委託料の支払いの差し止めを求めるものである。

2 また,上記各業務委託契約は近く完了する予定であり,本訴訟の継続中に委託料が支払われてしまう蓋然性がきわめて高い。そうすると,市は上記委託料相当額の損害を被ることになる。
 よって,被告が公団に上記委託料を支払った場合には,原告らは,法242条の2第1項4号に基づき,被告が当該職員(市長)である訴外稲葉孝彦個人に対し,支出した上記委託料相当額と支出日の翌日から支払い済みまで年5分の割合による損害賠償金を請求するよう求めるものである。
 
証   拠   方   法
 
甲1号証   監査結果通知書
甲2号証   地方自治関係実例集(抜粋)
甲3号証   判決書
 
添   付   書   類
 
甲号証            各1通
訴訟委任状          12通
 
以上


当  事  者  目  録
 
〒184-0003 東京都小金井市緑町5−19−14−605
原   告     漢  人  明  子
 
〒184-0012 東京都小金井市中町4−8−3 コーポフマ101
原   告     野見山  修  吉
 
〒184-0002 東京都小金井市梶野町3−9−12 くれない荘202
原   告     青  木  ひかる
 
〒184-0003 東京都小金井市緑町4−18−8
原   告     井  上  忠  男
 
〒184-0015 東京都小金井市貫井北町3−29−4
第一貫井橋荘101号室
原   告     関  根  優  司
〒184-0011 東京都小金井市東町3−4−10
原   告     藤  村     忍
 
〒184-0004 東京都小金井市本町1−4−16−501
原   告     小  山  美  香
 
〒184-0014 東京都小金井市貫井南町4−20−31
原   告     板  倉  真  也
 
〒184-0013 東京都小金井市前原町1−13−11
原   告     稲  垣  庸  子
 
〒184-0013 東京都小金井市前原町3−8−2−103
原   告     齋  藤  康  夫
 
〒184-0015 東京都小金井市貫井北町1−12−1−502
グランシティ武蔵小金井
原   告     渡  邊  大  三
 
〒184-0011 東京都小金井市東町5−14−10
原   告     森  戸  洋  子


 
〒190-0022 東京都立川市錦町1−17−5
三多摩法律事務所(送達場所)
原告ら訴訟代理人弁護士  小  林  克  信    
      同          土  橋     実
      同          河  村     文
 


〒184-0004   東京都小金井市本町6−6−3
被   告  東京都小金井市長
稲  葉  孝  彦
 






平成15年(行ウ)第44号
原 告  漢 人 明 子 外11名
   被 告  小金井市長

2003(平成15)年9月11日
東京地方裁判所民事第2部 御中

 
原 告 ら 準 備 書 面(2)
 
 
 
    原告ら訴訟代理人弁護士   小  林  克  信
                  同        土  橋     実
                   同        河  村     文
 

〈 目 次 〉
 
第1 武蔵小金井駅南口地区第一種市街地再開発事業の問題点
 1 不透明な事業内容と採算性
 2 市の財政破綻の危険性
 3 全国各地で都市再開発・区画整理事業が破綻
 4 現計画案実現は不可能
 
第2 議会・住民意志を無視した本件再開発事業
 1 住民に対する説明会と意向調査を求める決議
 2 再開発地区市庁舎建設案の撤回を求める決議
 3 再開発地区市庁舎建設計画の撤回と市長の責任を問う決議
 4 再開発事業の情報公開を求める決議
 
第3 議会を欺いて予算を流用
 1 平成14年度当初予算案の可決
 2 平成13年度補正予算(第4回)の否決
 3 繰越部分を削除した補正予算(第5回)
 4 市議会を欺く市の対応
 5 二度にわたり「地区計画条例」改正案を否決
 
第4 損害について
 


第1 武蔵小金井駅南口地区第一種市街地再開発事業の問題点
 
 武蔵小金井駅南口地区第一種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)について、いかなる内容・規模の再開発が小金井市にとってふさわしいかという点については、市議会の中にも様々な見解がある。しかし、2001(平成13)年3月23日当時、現行の計画で本件再開発事業を強行することには大きな問題があるとの立場から、市議会は本件各図書作成業務委託料の繰越しを含む一般会計補正予算案(第4回)を否決したのである。
 以下、本件再開発事業計画の問題点について、具体的に述べることにする。
     
1 不透明な事業内容と採算性
 
(1) 市の再開発事業計画と資金計画
 市は、平成13年度中に11回にわたって行われた駅周辺整備調査特別委員会等を通じて、本件再開発事業により第1地区に建築される施設の配置と各施設の用途、入居予定者等について、大要次のような説明した。
 すなわち、第1地区には、南口駅前広場、フェスティバルコートを整備し、その周りに7階建の大規模店舗ビル、25階建の住宅・専門店ビル、14階建の業務ビル、文化ホールを建設する(甲7号証)。大規模店舗ビルは、第1地区内で比較的大きな土地を有している地権者が権利床として取得し、かつ、当該ビルの保留床も全て同人が取得する意向である。住宅・専門店ビルは、他の地権者の権利床等として専門店街を予定し、上層部は都市基盤整備公団(以下「公団」という。)が保留床を買上げて賃貸マンションとする。業務ビルについては、一部を市民交流センターとして市が取得し、残りを東日本旅客鉄道株式会社(以下、「JR東日本」という。)が権利床及び保留床を取得するように依頼中である。
 また、本件再開発事業の総事業費は、第1地区で327億円、第2地区は310億円であり、事業全体としては合計640億円である。このうち市の資金負担は、文化ホール・交流センター等公共施設に関する費用、及び、法律に基づく負担金62億円のみであり、他は保留床の処分で全て賄える予定である。
 
(2) 不透明な計画内容及び採算性
 しかし、市の説明には次のとおり不明な点が多い。
@ 業務ビル
 市は、保留床をJR東日本が買取るように依頼していると述べるのみで、JR東日本が実際に買取るか否かは全く不明である。もし、JR東日本が保留床を買取らない場合には、昨今の厳しい不況という経済状況下、しかも都心に新しい業務用ビルが乱立している時期に、入居希望テナントがあるのか不明であるのに、市はその場合の対策をほとんど検討していない。
 
A 住居・専門店ビル
 政府の一連の構造改革により、公団は賃貸事業から撤退することが決定された。したがって、住居部分の保留床について、公団が確実に買取るといえるのか、見通しが全くたっていない。
 
B 大規模店舗ビル
 2002(平成14)年3月1日、大地主から地元住民に配布された文書では、大規模店舗ビルにはイトーヨーカ堂がテナントとして入居すると記載されている。しかし、イトーヨーカ堂との間で、出店に関する覚書や仮契約が締結されたのか等の正式な情報はなく、また、業務形態等の詳細な内容も全く不明である。市は、大規模店舗ビルは地権者とテナントの民間同士の問題だから一切関与しないとの姿勢を示しているが、具体的な情報がなければ、専門店街の店舗や地元商店街への影響を予測することができず、バランスのとれたまちづくりができない。
 
C 事業の採算性
 市は、事業の採算性について問題がない旨説明するが、その根拠は、公団が市に対して「第1地区については、当公団として事業方針の目処がたちました。」と回答しているから、ということにすぎない(乙11号証資料11)。
 しかし、この回答書には、上記結論が示されているにすぎず、採算性の根拠については何も書かれていない。市議会が採算性の根拠に関する資料を要求しても、市は、公団が採算性について検討した資料は公団の内部資料だから提示されていないと答弁し、公団のことを信頼していると述べるのみであった。市は、自ら主体的に採算性の検討をしようという姿勢を持っていないのである。
 このような状況から、住民や市議会は、本件再開発事業の採算性を具体的に検証することができない状態が続いている。
 
(3) 市の資金負担増加の懸念
 このように具体的な計画内容が不透明な状況では、予定どおり各施設の保留床を処分できるのか、地元商店等とバランスのとれたまちづくりができるのか、本件再開発事業について採算がとれるのかなど、本件再開発事業計画の基本的事項について客観的な見通しがたたない状態である。後に述べるように、他の地方公共団体では、見通しの甘い事業計画の結果、売れ残った保留床を地方公共団体が買取る事態が多数生じており、市と公団が締結した協定書(乙11号証資料6)第8条の内容からみて、本件再開発事業でも売れ残った保留床を最終的に市が責任をとって買取る事態になるのではないかとの疑念が払拭できない。しかも、次に述べるとおり、市の財政状況に照らせば、市が売れ残った保留床の責任を負うことになれば、市の財政は破綻に陥る危険性が高い。
 市議会が、客観的な見通しもないまま本件再開発事業を推進することに危機感を覚えたのは当然のことであった。
      
2 市の財政破綻の危険性
 
(1) 危機的な市の財政状況
 市は、平成5年度から財政調整基金及び退職手当基金を取崩し財源不足を補っていたが、平成7年度及び同8年度には、財政の健全性を示す経常収支比率(一般財源のうち、人件費、交際費など必ず支出する経費の割合)は全国最悪となった(甲8号証)。市は、上記基金の残高が少なくなったこと、及び、実質収支の黒字を確保するために、平成9年度には退職手当債の発行、平成10年度から同12年度には公園整備基金等からの繰入、基金からの長期借入という変則的手法を取り入れている(甲9号証5頁)。このように、市の財政は危機的な状況にある。
 
(2) 本件再開発事業による長期的な財政赤字は必至
 このような市の危機的財政状況に照らし、本件再開発事業による負担金の支出額がいくらになるのか、その負担に市が耐えられるのかは大きな問題である。
 
@ 年次別財政計画試算−長期間の赤字の危険性
 別紙グラフ@は、市が試算した年次別財政計画試算(3)(甲10号証)の歳入合計額から歳出合計額を差し引き作成したものである。この計画試算によると、平成13年度から本件事業完成予定の平成20年度まで、市の財政は毎年2億円ないし12億円規模の赤字になり、本件再開発事業完成後の平成21年度から黒字に転じるとされている
 別紙グラフAは、歳出総額と市税収入額を同一グラフ上に示したものである。歳入面では、市税収入が歳出額の約半分を占める主要な財源であるところ、試算では、市税収入は年1.0%伸びることを前提に積算されている。しかし、実際には市税収入が毎年1.0%の割合で伸びるとは考えられない。平成3年度ないし平成13年度までの11年間でみると、市税収入はほとんど増加しておらず、(平成3年度175億円、平成13年度190億円)で、年1%未満の伸びにすぎない。しかも、平成15年度当初予算では、市もマイナス0.6%の伸びで市税収入を積算していたほどである。
 別紙グラフBは、地方交付税、国・都支出金、地方債の収入試算を同一グラフ上に示したものである。歳入面の市税以外の主要な財源は、地方交付税、国・都支出金、地方債であるが、地方交付税は年4.5%の伸びを前提に積算されている。
 これに対し、別紙グラフCは、市が計画した地方交付税収入額と実際の地方交付税収入額とを示したものである。平成12年度以降、地方交付税は年々減額されている。国家財政も危機に瀕していることを考えると、今後も地方交付税が増額されるとは考えにくい。実際に、平成15年度小金井市予算で当初予定した4億8000万円の地方交付税は不交付となり、2003(平成15)年9月4日に提案された平成15年度補正予算(第3回)では全額削除され、臨時財政対策債を発行し借金で穴埋めすることになった。
 このように、いかに市の計画が現実から乖離したものかが明らかであり、市の財政計画試算は非常に見通しが甘く、平成21年度以降も市の財政は赤字が継続する可能性が高いのである。
 
(3) 財政破綻の危険性
 このような財政状況の中で、仮に市が本件再開発事業で売れ残った保留床を買取るような事態に陥れば、市の財政が破綻することは火を見るより明らかである。その結果、市民生活に密着した行政サービスの大幅低下が危惧される。市議会が、財政上の問題を十分に検討しないまま本件再開発事業を推進することに危機感を覚えたのは当然のことである。
 
3 全国各地で都市再開発・区画整理事業が破綻
 
(1) 調査委員会報告
 1994(平成6)年に「市街地再開発事業の推進に係る基本問題に関する調査」委員会がまとめた調査報告は、中心市街地の状況変化や床需要に対する構造的変化への認識を示し、例えば、事務所床に関し、「バブル経済期に行われた大量の事務所ビル建設と、バブル崩壊後の景気後退による床需要の伸び悩みの結果、現在では供給が需要を相当程度上回っている」ことを指摘している(甲11号証32頁)。そのため、各地の中心市街地における再開発は、保留床の処分が困難な現実に直面し、保留床を第三者に売却して事業を行うという独立採算の原則が崩壊し、再開発の大幅見直しや断念をするか、保留床を自治体が買い支え(公的資金の導入)、事業の破綻を回避することにより多額の負債のつけを市民が負う結果となっている。
 
(2) 都の財政健全化計画案
 1997(平成9)年の「東京都財政健全化計画実施案」では、区画整理、再開発について、新規事業助成の中止や既着手事業の見直しがうわたれ、「地価の下落で保留地・保留床処分金収入の見通しが困難になり事業収支が不安定」との現状分析がなされている(同133頁)。
 
(3) 各地の再開発事業の破綻例
 「区画整理・再開発の破綻」(NPO法人区画整理・再開発対策全国連絡会議編)では、「底なしの実態を検証する」として、全国で破綻に直面している53もの事例が紹介されている(同118頁以下)。その幾つかを以下に紹介する。
 
@ 津山市中央街区活性化モデルの破綻例
 岡山県津山市は、地方拠点都市整備法で「地方都市地域」に位置づけられ、1998(平成10)年の中心市街地活性化法の施行にともない、「津山市中心市街地商業活性化基本計画」を作成し、総事業費270億円で再開発ビルが完成したが、2年を経ても保留床の最終処分ができず、工事代金等が未払いとなり、「倒産状態」となっていることが報告されている。
 
A 伊勢原駅北口の事例
 神奈川県伊勢原市の伊勢原駅北口再開発は、キーテナントのニチイが撤退し、事業決定をしたまま暗礁に乗り上げて見通しがたたず、2000(平成12)年に市は再開発を断念した。
 
B 宇治山田駅前の事例
 三重県宇治山田市の宇治山田駅前再開発では、キーテナントが見つからず、再開発事業を中止し、2001(平成13)年に市は再開発計画決定まで廃止した。
 
C 近鉄西大寺駅北口の事例
 奈良市の近鉄西大寺駅北口再開発では、1988(昭和63)年に都市計画決定がなされたが、キーテナントがきまらず、市財政もひっぱくし、大きな地権者が反対して、すでに移転補償費約29億円を支出していたが、1999(平成11)年に市は再開発事業の断念を表明した。
 
D 長岡京駅西口再開発の事例
 京都府長岡京市のJR長岡京駅西口再開発では、市はすでに50億円を超える財政投入をしていたが、2000(平成12)年9月にマイカルが撤退を表明し、再開発事業計画全体が崩壊し、抜本的な見直しが迫られている。
 
E 立花駅南口再開発の事例
 大阪府尼崎市のJR立花駅南口再開発は、保留床の処分が困難なため、同じフロアーを市が他と比較して1.7倍もの価格で購入し、市は総額14億円を余分に負担させられた。
 
(4) 破綻例とその問題点
 破綻に直面している再開発事例は、いずれも「どのようなまちづくりをするか」について、住民の合意が形成されないまま、はじめに再開発ありきという姿勢で、甘い事業計画のまま再開発に突き進んだ結果行き詰まったものであり、最終的に多額の税金による尻拭いがなされている。こうしたことからも、再開発事業は、計画段階で採算性を含めた慎重な検討なしに突き進めば、最終的には事業が破綻し、市民に多大な負担を負わせることになることを示している。さらに再開発事業は、地元の経済や住環境などのまちづくりに多大な影響を与えるため、住民に対する十分な説明や情報の提供がなされていない安易な計画に対し、市民に対する責任として市議会がブレーキをかけることは当然のことである。
 
(5) 東小金井駅の区画整理事業の行き詰まり
 なお、区画整理の事案であるが、小金井市では、JRの東小金井駅北口地区において、総事業費174億円の「東小金井駅北口土地区画整理事業」の施行を決定し、2000(平成12)年2月には事業計画決定がなされた。しかし、充分な住民合意が形成される前に見切り発車したため、事業計画決定後も関係地権者の合意が形成されず、計画は行き詰まり、現在事業全体の見直しが行われている(甲12号証)。
 同じ市内に、住民の合意形成がなされず行き詰まった事業が存するのであるから、市議会が本件再開発事業に慎重な対応をするのは当然である。
 
4 現計画案実現は不可能
 
(1) 市民の要望と事業計画の乖離
 まず、1999(平成11)年8月、市は本件再開発事業に係るアンケート調査を行った。この報告書によると、「整備する場合どのようなイメージの街にしたいか」という質問に対する回答の1位は「緑・水が豊富な、季節感にあふれた街」53%、2位は「高齢者、子ども、障害者が安心な、福祉の充実した街」41%だった。「南口に必要な公共施設はどれか」という問いに対する回答は、1位が公園44%、2位が図書館42%だった(甲13号証)。
 また、同年3月に市が行った小金井市長期総合計画策定のための市民意向調査によると、市街地整備方向(武蔵小金井駅周辺)での1位は「広場・緑の空間を多くし、うるおいのある都市づくり」43%、2位は「大規模でなく、周辺と調和した開発」38%であった(甲13号証)。
 これに対し、本件事業計画により新しく建築される施設は、住宅・専門店ビルは25階建て(高さ91メートル)、業務ビルは14階建て(高さ67メートル)であり、「緑・水」、「公園」、「広場・緑」、「大規模でなく周辺と調和した開発」という市民の意向とはかけ離れた内容となっている。また、これらの高層ビルのために、日照、景観、風害、地下水脈の分断等の環境破壊が心配されており、アンケート調査や意向調査による市民の意見は、ほとんど取り入れられていない。しかも、市が広範な市民を対象に行った説明会は、2002(平成14)年4月にわずか1回だけである。市は、本件再開発事業について、広範な市民の意見や要望に基づいてまちづくりをしようという姿勢に乏しいと言わざるを得ない。
 
(2) 再開発事業に必要な準備
 東京都都市計画局作成の「市街地再開発事業等指導マニュアル(平成15年3月)」によれば、再開発事業を行うためには、都市計画決定までの各段階において、次のことを行わなければならないと記載されている。
 まず、基本計画作成段階では、@事業の各段階に応じて、関係権利者に対し、意向調査、居住・営業調査、施設計画に対する意向調査等を行う、Aどの程度の施設が必要かという施設需要を調査する、B商業施設の需要を予測するため、当該地区を含めた周辺商業の利用客の消費実態と将来予測、商業地の買い物利用実態と将来性予測などを検討するとされている。
 次に、事業化案段階では、C作業に手戻り等が生じないようにするため、関係権利者の合意が得られるように十分検討し、地元地権者の理解度に合わせて段階的に進める、D資金計画については保留床の処分計画を立案し、処分面積等の検討をおこない、核テナントに対しては仮契約などを結んで事業の安全性を担保する、E権利変換計画素案を作成し、権利者間で十分な検討ができるようにする、F再開発ビルの価格、床価格を設定する、G零細権利者に対する特別対策を講じる(甲14号証)とされている。
 
(3) 公団に丸投げの本件再開発
 ところが、市は、@関係権利者に対する意向調査、A施設需要調査、B消費実態と将来予測、C関係者の合意形成など、再開発事業を行うために不可欠な準備行為のほとんどを公団に任せきりであり、市の多額な支出が見込まれるにもかかわらず自ら主体的に必要な調査・検討を行っておらず公団任せである。そして、市議会から再三にわたり資料の入手と提出を要請され、2001(平成13)年9月26日には、市議会は「武蔵小金井駅南口再開発事業について情報公開を求める決議」を可決したが、市はこうした資料を入手し市議会や関係者に明らかにしようとしていない。
 
(4) 地権者の分裂とその理由
 本件再開発事業第1地区の有力な地権者である訴外鈴木兼綱、同大嶋幸治、同間島忠信、同金子要一らは、1985(昭和60)年ころから、武蔵小金井駅南口再開発の推進活動に携わり、訴外鈴木は「武蔵小金井駅南口第1ブロック街づくり推進会」(以下「推進会」という。) の会長、間島は同副会長、大嶋は同専務理事として、地権者の中で中心的な役割を果たしてきた。
 しかし、2001(平成13)年8月ころ、訴外鈴木らは、市が進めようとする再開発事業計画案に協力しない旨を明確にし、推進会を脱退した。これにより推進会は解散し、その後、市の進める事業計画案に賛成する地権者は「武蔵小金井駅南口第1地区再開発促進会」という別組織を結成することになった。
 有力な地権者が本件事業計画案に反対した理由の一つは、本件事業計画案に訴外鈴木ら地権者の意向が反映されないと感じたからである。例えば、推進会は市の助役に対し、同年3月5日付け文書で本件再開発事業に関する提案や疑問点について質問を行ったが、市からは何らの回答も得られなかった。市や公団が第1地区に広大な土地を有する一地権者の意向ばかりを尊重し、他の地権者の意見は無視ないし軽視していることや、市の不誠実・不十分な対応に業を煮やしたのである。
 
(5) 実現困難な市の事業計画
 前記大嶋は、市が進める事業計画案に反対との立場から、補正予算(第4回)の審議を行う前の2001(平成13)年9月に、本件再開発事業第1地区内でマンションの建築工事に着手し、平成14年6月には再開発事業地区内に4階建てのマンションを完成させた(甲15号証写真@、A)。このマンションは、市の計画する区画道路3号(コミュニティ道路)上に位置している(甲16号証)。また、前記鈴木も、同様の立場から、都市計画決定前の2002(平成14)年4月ころ、本件再開発事業第1地区内に新たなビル建築工事に着手し、2003(平成15)年1月には4階建てのビルが完成している(甲15号証写真B、C)。このビルは、市の計画する大店舗ビル予定地上に位置している(甲16号証)。
 このように、有力地権者が反対し、都市計画決定前に再開発事業地内に堅固なマンションやビルの建築に着手してしまった以上、市の計画する再開発案を計画通りに実行するのは事実上不可能となり、再開発事業計画は抜本的な見直しが迫られている。
 

第2 議会・住民意志を無視した本件再開発事業
 
1 住民に対する説明会と意向調査を求める決議

 既にのべたように、各地で住民に充分な説明がなされず、安易な計画で進められた都市再開発事業の破綻例が数多く報告されているため、市議会では、1998(平成10)年3月27日、「武蔵小金井駅南口再開発」について基本協定締結前に市民に対する説明会と意向調査を行うことを求める決議を可決した。
 この決議は、市に対し、本件再開発事業について、すべての市民がそれぞれの立場からの相違とエネルギーを結集し、市政に参加してまちづくりを進めるという「第2次小金井市基本構想」の精神に立ち戻り、公団と基本協定を締結する前に、@市民に対して説明会を行なって疑問に答え、合意に努めること、A市民の意向調査を行い、地権者、地域内住民、周辺住民、利用者である市民の要望を集約することを求めたものであった。しかし、市は議会の議決を無視し、市民に対する説明会を開催しないまま、同年4月21日、公団との間で「武蔵小金井駅南口市街地再開発事業に関する基本協定」を締結した。
 
2 再開発地区市庁舎建設案の撤回を求める決議

 市は、新市役所の建設予定地として、1991(平成3)年12月、蛇の目跡地を98億円で買収していたが、1998(平成10)年3月になって、市長は、突如、市役所庁舎の建設予定地を蛇の目跡地から本件再開発事業第2地区へ変更する方針を発表した。
 この方針変更は、いわゆるバブル経済崩壊後の景気低迷により、再開発ビルに進出する企業が少ないことから、市がキーテナントとなって再開発事業を進めようとするもので、市の財政に多額の負担をもたらすものであった。しかも、市役所庁舎の建設時期は、本件再開発事業の進捗状況によって不確かとなるため、新庁舎建設まで庁舎のリース契約を継続しなければならないなど、重大な問題を含んでいた。そのため、市議会は、2001(平成13)年6月13日、「武蔵小金井駅南口再開発第2地区庁舎建設案の撤回と、市民が納得できる新庁舎計画を求める決議」を可決した。
 この決議は、市長に対し、@上記方針を撤回し、庁舎建設予定地として買収した蛇の目跡地への庁舎建設計画を基本に、市民が納得できる新庁舎計画を市民参画の下で立案し、リース庁舎(第二庁舎)を早期にやめること、A市長案を前提とした庁舎建設の関連予算の執行を速やかに凍結することを強く求めるものであった。しかし、市長は上記方針を撤回せず事業を推進しようとした。
 
3 再開発地区市庁舎建設計画の撤回と市長の責任を問う決議

 2001(平成13)年9月25日、市議会は「議会の多数意志を無視し武蔵小金井駅南口再開発事業予定地(第2地区)への庁舎建設計画を強行する稲葉市長の責任を問うとともに、同計画の即時撤回を求める決議」を可決した。この決議は、市長の方針の危うさについて次のとおり指摘している。
 「本来、民間の需要に立脚し、保留床に商業や業務(キーテナント)を誘致することで成立を図るのが健全な姿である。社会経済情勢は、失業率の5%突破・平均株価の1万円割れ・流通大手の倒産など厳しさが増している。市長は、進出企業の見込みもないことから、庁舎建設予定地として買収した蛇の目跡地を処分し、再開発に市役所庁舎の床を1万2,000uも組み入れるとしているが、このような計画案は、小金井市のまちづくり、財政などに将来にわたって大きな禍根を残す選択であると言わざるを得ない。」
 
4 再開発事業の情報公開を求める決議

 そして、翌9月26日には、市議会は「武蔵小金井駅南口再開発事業について情報公開を求める決議」等を提出し可決した。
 この決議は、まず、公団が本件再開発事業の総事業費とその内訳、資金計画、床処分見通し等、採算性判断の根拠となる資料を、市民・地権者はもとより、市に対しても一切明らかにしようとしないこと、それにもかかわらず市長は公団に充分情報公開を求めずに保留床5,000uを買い取るという覚書を結んだという問題点を指摘した。そして、@公団は、情報公開法の趣旨に基づいて、本件再開発事業に関し、財政計画など、市民・地権者が必要とする情報を公開すること、A市長は公団に対し、本件再開発事業に関する基本協定書第13条並びに市情報公開条例第3条及び第17条に基づき、必要な資料の提出を強く求めること。また、公団との協議の際には、会議録の作成を怠らず、市民の公開請求に誠実に対応するよう努めること、を求めるものである。
 しかし、市は本件再開発事業内容に関する必要な資料を市議会や住民に公開する措置をとろうとしなかった。
 

第3 議会を欺いて予算を流用
 
1 平成14年度当初予算案の可決

 2002(平成14)年3月23日、平成14年度小金井一般会計予算が市議会本会議で可決された。市議会で可決された平成14年度予算には、当然ながら、今回問題になっている@「武蔵小金井駅南口地区第1種市街地再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)」と、A「武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)」の委託料は含まれていない。
 
2 平成13年度補正予算(第4回)の否決

 市長は、平成13年度に予定していた図書作成委託業務及びまちづくり委託業務が同年度中に完了する見込みがなくなったため,2002(平成14)年3月23日の平成14年第1回市議会定例会において、上記業務の委託料合計2,663万9,000円を翌年度へ繰り越すことなどを内容とする平成13年度一般会計補正予算案(第4回)を提案した。
 しかし,市議会は,本件再開発事業の内容や採算性、事業の環境に与える影響が不明確であること、関係資料の十分な提供もなく情報の公開や説明責任がはたされていないこと、この委託料が市の再開発事業計画案をもとにした都市計画決定に関する費用であったことなどから、委託料の翌年度への繰越しに反対し,同日,上記補正予算案(第4回)を否決した。
 
3 繰越部分を削除した補正予算(第5回)

(1) 提案理由とその説明
 2002(平成14)年3月27日の平成14年第1回市議会臨時会において、市長は3月23日に否決された補正予算案(第4回)を再議に付すことなく、本件事業に係る繰越明許費部分を削除した補正予算案(第5回)を提出した。
 市長は、第5回補正予算案の提案理由として、「議会での審議等を踏まえまして、議案の内容について再検討いたしました。その結果、再議には付さないこととし、繰越明許並びに少年自然の家使用料関係と、それに伴う数字等を整理してあらためて提案させていただくことといたしました。」と述べ、また「議会との議論などを再度確認し、さらに事務作業などを確認する中で、再議に付さず、議会の意思を尊重すべきだということ、これも慎重に判断させていただきました」と説明した。
 市議会において、中途で終了する図書作成業務(その1)委託契約とまちづくり業務(その1)委託契約の精算について問われ、大久保企画財政部長は、「繰越明許の第4回の補正予算の否決の関係でございますけれども、結果的に、繰越明許の予算措置ができないということでございまして、ご質問者が言われているとおり13年度につきましては、そういう形(精算のこと。原告ら代理人註)の対応を考えているところでございます。14年度につきましては、現在、内部で検討中でございまして、結論は出てございません。」と答弁した(甲17号証)。
 
(2) 再開発事業に対する市の説明
 再開発に関する繰越明許費を含んだ補正予算案(第4回)が否決されたことを受けて、市長として今後、本件再開発事業をどのような姿勢で進めていこうとするかと問われ、市長は、「今後のことに関しては、議会のご理解をいただくよう最大限の努力をしていきたいと思いますし、平成14年度の一般会計予算は一部修正はありますけれども、可決していただいたという現実もありますので、議会のご理解をいただく努力をしながら進めてまいりたいと思っております。」と答弁した(甲17号証)。
 その後、市議会は、補正予算案(第5回)の裁決にあたり、図書作成業務委託料等を平成14年度において予備費などから安易に流用したりすることがないように強く指摘をし、補正予算案(第5回)を可決した。
 
4 市議会を欺く市の対応

 ところが、補正予算案(第5回)が可決された翌日の3月28日に,市は予算の存在しない図書作成業務とまちづくり業務について公団に見積を依頼した。そして、同年4月22日,市は公団から提出された見積にしたがって委託料を捻出するため,すでに議決された平成14年度一般会計予算の(款)土木費,(項)都市計画費,(目)都市計画総務費,(節)公有財産購入費から,同じ款・項・目中の(節)委託料へ,必要額を流用した。
 「議会のご理解をいただく努力をしながら進めてまいりたい」と答弁し、補正予算案(第5回)が可決された翌日に、市長は支出すべき予算が認められていないにもかかわらず、公団に見積もりを依頼を指示しているという事実経過からすれば、市長は、同年3月27日に第5回補正予算案を提出した段階において、すでに平成14年度の一般会計予算からの流用による支出を決めていたのである。ところが、そのことを市議会には全く説明することなく、逆に、「議会での審議等を踏まえ」とか、「議会の意思を尊重すべき」とか、「議会のご理解をいただく努力をしながら進めていく」などと答弁し、しかも、企画財政部長には、「14年度につきましては、現在、内部で検討中でございまして、結論は出てございません。」と答弁させているのである。
 このような市長の態度は、市議会に対して極めて不誠実であり、市議会を欺いて補正予算案(第5回)を可決させたのではないかとの疑いを強く持たざるをえないものであり、市議会の基本的・本質的な権限である予算議決権をないがしろにするものである。
 本件のような流用が許されるのであれば、市議会で反対される予算について、市長はすべて他の予算を流用して執行できることになり、市議会における予算議決権が全く無意味なものとなってしまう。これは、議会の意思に明白に反する予備費の流用を禁止する地方自治法の趣旨にも反し、市長の行為を市議会がチェックすることこそが民主主義の議会制度であり、それを期待する地方自治の本旨(憲法92条)に反するものと言わざるをえない。
 
5 二度にわたり「地区計画条例」改正案を否決

 市長は、武蔵小金井駅南口地区の地区計画が変更されたこと等に伴い、本年3月、地区計画内における建築物の制限に関する条例の改正案(以下「当初案」という。)を提案した。当初案には、他の地区とともに本件再開発地区が含まれており、市議会は本件再開発を当初計画のまま進めるのは相当ではないとして、3月25日、本件再開発地区部分を削除した修正案(以下「修正案」という。)を可決した。これに対し、市長は、本件再開発の当初計画をそのまま進めるために、3月28日の臨時市議会において、地方自治法176条1項に基づき再議に付した。しかし、市議会の修正案と市長の当初案の双方が否決となった。その後、5月28日の臨時市議会において、市議会は本件再開発地区部分を除いた修正案を再度可決したため、市長はこれを受け入れた。
 しかし、市長はあくまでも本件再開発の当初計画を強引に推し進めようとし、6月26日、改めて本件再開発地区部分に関する建築物の制限に関する条例の改正案(第二次案)を提案したが、市議会は本件再開発を当初計画のまま進めるのは相当でないとして第二次案を否決した。
 

第4 損害について
 
 すでに、第1の4(5)で述べたように、市が予算を流用し、@「図書作成業務(その2)」と、A「まちづくり整備計画作成業務(その2)」の契約を締結したときには、市の計画する大店舗ビル予定地上には4階建てビル、区画道路3号(コミュニティ道路)上には4階建てマンションの建設工事が開始されていた。したがって、市の計画通り本再開発事業を進めることは事実上不可能であったから、当初計画に従って都市計画決定に必要な図書を作成しても、これらの図書は無意味なものであることは明らかである。
 それにもかかわらず、市は上記各契約を締結して予算を執行したのであるから、市に委託料相当額の損害が発生していることは明白である。

以上






平成15年(行ウ)第44号
原 告  漢 人 明 子 外11名
  被 告  小金井市長
 
原 告 ら 準 備 書 面(3)
 
2003(平成15)年11月4日
 
東京地方裁判所民事第2部 御中
 
原告ら訴訟代理人弁護士   小  林  克  信
同        土  橋     実
同        河  村     文
 
 
第1 議会は本件流用を追認していない
 1 はじめに
 被告は,平成15年月27日に本件再開発事業費を含む平成15年度小金井市一般会計予算が原案どおり可決されたことをもって,議会が本件再開発事業の必要性を認めて本件流用をも追認したものであると主張する。
 しかしながら,これまでに述べたように,議会は再開発事業そのものを否定してはいない。議会が主に問題としているのは,再開発事業の規模や内容あるいはプロセス(手法)が妥当か否かという点である。本件再開発事業費を含む平成15年度小金井市一般会計予算が可決されたからといって,直ちに議会が現行の本件再開発事業計画や本件流用を追認したことにはならない。
 むしろ,議会が本件予算の流用を追認するならば,本件再開発事業の推進に不可欠な「小金井市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例の一部を改正する条例案」(以下「本件地区計画改正条例案」という。)を可決するはずであるが,議会はこの条例案を再三にわたり否決している。
 そこで,以下,本件地区計画改正条例の意義,審理及び採決の経過について具体的に述べることにする。
 
 2 本件地区計画改正条例案の審理,採決の経緯
(1)本件地区計画改正条例案の内容と議会における採決の意義
  平成15年3月3日,市長は平成15年第1回定例会において,議会に対し,本件地区計画改正条例案を提案した。地区計画改正条例案は,@本件再開発事業区域の地区計画と,A本件再開発事業とは関連のない梶野町3丁目の地区計画とを,いずれも条例化する内容であった。
  このうち,@の本件再開発事業区域の地区計画が条例化されると,本件再開発事業の都市計画で決定された建築物の制限(例えば,敷地面積500平米以上でなければ建物を建設してはならないとの制限)に強制力が発生するとの効果がある。逆に,これが条例化されない場合は,本件再開発事業の都市計画で決定された建築物の制限に強制力は生じないので,同都市計画上の建築制限に合致しない建築物であっても建築が可能となる。
  したがって,本件再開発事業を現行の都市計画どおりに進めるためには,本件地区計画改正条例案を可決成立させることが必要不可欠であり,非常に重要な意味を持つ条例案であった。このことは,都市建設部長の「・・・ですから条例化しない場合は,条例にないということになっておりますので,地区計画に抵触していても,一定の時間がたてば確認をおろさざるを得ない状況になります。これはやはり,これからの都市計画事業を進める中で非常に支障を来します。」との答弁(甲18号証)からも明らかである。
 
(2)議会での審理,採決の経緯
 @)平成15年第1回定例会(同年2月26日開会〜3月26日閉会)
  平成15年3月25日,市長が提案した本件地区計画改正条例案に対して,@本件再開発事業区域の地区計画を条例化する部分は全て削除するとの内容の修正案が,原告らから提案された。@を削除する理由は「この地区計画について,議会が認めていない予算を流用してまで都市計画に関する図書作成業務の委託契約を結び,強行された都市計画決定を追認することができない」こと,さらに計画の内容自体に原告準備書面(2)で述べたような種々の問題点があることにあった(甲19号証)。
  そして,同日,議会は,@本件再開発事業区域の地区計画を条例化する部分は全て削除するとの内容の修正案を可決し,現行の都市計画決定を追認しないことを明らかにした。
 
 A)平成15年第1回臨時会(平成15年3月28日開会〜同日閉会)
  議会が本件地区計画改正条例案の修正案を可決したことから,市長はこれを再議に付した。その結果,法定の賛成数(出席議員の3分の2以上)に達しなかったため修正案を可決すると決定することは否決された。しかし,市長提案の原案も否決された。
 
 B)平成15年第2回臨時会(平成15年5月19日開会〜同月27日閉会)
  平成15年5月27日,市長は再度本件地区計画改正条例案を議会に提案した。これに対して,原告らも再度@本件再開発事業区域の地区計画を条例化する部分を全て削除した修正案を提案した。同日,本件地区計画改正条例案は採決に付され,原告らが提案した修正案が可決された。
  なお,本件地区計画改正条例案の修正案が可決される直前に,平成15年度小金井市一般会計予算の採決が行われ,市長提案の原案が可決されている。しかし,議会は,本件地区計画改正条例案から@本件再開発事業区域の地区計画を条例化する部分を全て削除した修正案を可決することで,改めて議会は本件再開発事業を現行の計画どおりに進めることに反対であるとの意思を明確にしたのである。
 
 C)平成15年第2回定例会及び同年第3回定例会
  その後も,市長はあくまでも本件再開発を現行の計画どおりに押し進めようとし,平成15年第2回定例会(同年6月5日開会〜同月26日閉会)に,議会が削除した@本件再開発事業区域の地区計画を条例化する条例改正案(以下「本件地区計画改正条例第二次案」という)を提案した。しかし,同月26日,議会はこれを否決し,繰り返し本件再開発事業を現行の計画通りに進めることに反対であるとの意思を明確にした。
また,市長は同年第3回定例会(9月開催)においても,本件地区計画改正条例第二次案を提案したが,議会はこれを否決している。
  
 3 まとめ
 以上述べたように,議会が再三にわたり本件地区計画改正条例案を否決したのは,住民の合意が形成されていないのに,市が予算を違法に流用して関係図書を作成し,強引に都市計画決定を行って本件再開発事業を進めようとすることに反対するからである。したがって,議会が平成15年度小金井市一般会計予算を原案どおり可決したからといって,本件流用を追認したことにならないことは明らかである。
 
第2 本件流用の違法性について
 1 被告の主張に対する反論
 本件流用が,議会の審議権を否定するものであり違法であることは訴状で述べたところであるが,被告が東京地裁平成8年2月28日判決を引用して本件流用が違法でないと主張するので,この点について反論する。
 同判例は,「普通地方公共団体の長は,予算を執行するに当たり,公益上必要である場合には,原則として,目節間では予算を相互に流用することが許されているものというべきである。ただ,議会に予算審議権を与えた地方自治法の趣旨に照らすと,・・・ある施策に要する経費を,議会の議決を得るときのみ殊更別の目節の予算科目に計上して,その経費の使途に関して議会に対して虚偽の説明をしたような特段の事情がある場合には,その後に右経費を本来首長において想定していた施策に流用することは,違法となるものと解すべきである」としている。
 ここで,首長が議会に対して虚偽の説明をしたような場合に目節間の流用が違法になるとされた根拠は,議会がある施策の経費を計上した予算を否決することが予想される場合に,あえて首長が目節間の流用制度を利用して議会の意思に反する経費を支出することが許されるならば,議会の予算審議権は形骸化し「議会に予算審議権を与えた地方自治の趣旨」が没却されるとの点にある。そうすると,本件流用のように,議会が極めて明確に本件図書作成に要する費用の支出を否定してる場合には,当該経費を支出するために市長が目節間の費用を流用することは,なおさら議会の予算審議権を侵害し,議会に予算審議権を与えた地方自治の趣旨に反するものとして許されないのである。
  
2 本件流用は法220条,施行令150条にも違反する
 市は,本件委託料を捻出するため,平成14年度の一般会計予算の(款)土木費,(項)都市計画費,(目)都市計画総務費,(節)公有財産購入費から同じ款・項・目中の(節)委託料へ13,741,000円を流用した。これにより,当初予算の公有財産購入費に同額の不足が生じ,当初予定した再開発用地の一部27.01平方メートルの購入が不可能となった(甲20号証)。
 地方自治法第220条1項は,「普通地方公共団体の長は,政令で定める基準に従って予算の執行に関する手続を定め,これに従って予算を執行しなければならない。」と規定している。これを受けて同法施行令第150条1項は,「普通地方公共団体の長は,次の各号に掲げる事項を予算の執行に関する手続として定めなければならない。」とし,第1号で「予算の計画的かつ効率的な執行を確保するため必要な計画を定めること。」,第3号で「歳入歳出予算の各項を目節に区分するとともに,当該目節の区分に従って歳入歳出予算を執行すること。」としている。
 したがって,予算を目的外に流用し,当初予算で計画した事業が不可能となるような予算の執行は,法第220条1項,同施行令150条1項に違反しており,この観点からみても本件予算の流用は違法である。
                                  以上






平成15年(行ウ)第44号
原 告  漢 人 明 子 外11名
   被 告  小金井市長
2004(平成16)年1月21日
 
東京地方裁判所民事第2部 御中
 
原 告 ら 準 備 書 面(4)
 
 
原告ら訴訟代理人弁護士   小  林  克  信
 
同        土  橋     実
 
同        河  村     文
 
 
 
第1 流用による予算執行の違法性
 
 被告の主張は,本件予算流用による執行は,地方自治法220条が禁止していない「目節」間においてなされたものであり,本件再開発事業にとって必要なものであるから長の裁量行為として許されるというものである。しかし,以下述べるとおり本件予算の流用・執行は違法である。
 
1 議会の意思に反する予算流用・執行は違法との高裁判決

 すでに述べたように,東京地裁平成14年8月30日判決(甲3)は,「議会の否決した費途へ予算を流用して執行することは,議会の議決権を侵害する違法なもので,このような財務会計行為は違法なものである。」と判示しているが,その上級審である東京高裁平成15年12月10日判決(甲21)も,一審判決を維持し次のように述べている(13〜14頁)。なお,同判決は確定している。

 「しかし,地方自治法は,一般会計年度における一切の収入及び支出は,すべてこれを歳入歳出予算に編入すべきこと及び普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に,議会の議決を経なければならないことを規定し(同法210条,211条),併せて議会に予算を定める権限(予算修正権)を付与し(同法96条1項2号),その予算修正権の実効性を担保するため,予備費を議会の否決した費途に充てることを禁止している(同法217条2項)。このような地方自治法における議会による予算統制の制度に照らせば,普通地方公共団体の執行機関が,予算流用の方法を用いて,普通地方公共団体の経費を,議会が当該事業の実施を否定して予算案から全額削除した事業の費途に充てることは,議会の予算修正権を有名無実化し,議会による予算統制を定める地方自治法の趣旨を実質的に没却するものであって,そのような費途に充てることを目的とする予算執行は,予算執行権の逸脱,濫用として違法であるというべきである。そうすると,議会が当該事業の実施を否定して予算案から全額削除した事業の費途に充てることを目的とする財務会計行為も,同様に違法で有るというべきである。

 控訴人は,目節が執行科目であって議会の議決による拘束は及ばず,目節間における予算の流用は,執行機関が自由に行うことができ,議会の議決に影響されないかのように主張する。しかし,地方自治法は,220条2項において,各款の間又は各項の間において流用することができないと規定し,目節間における予算の流用を一般的に禁止する規定は設けていないものの,反面においてこれを積極的に許容する規定を設けているものではない。その趣旨とするところは,執行機関が,予算その他の議会の議決に基づく事務等を誠実に管理し,執行する義務を負っていること(同法138条の2)を当然の前提とした上で,予算議決時の事情がその後変化し,あるいは,その後新たな事情が判明したなどにより,予算の流用を一定の範囲で許容しなければ,臨機に適切な予算執行を実現することができない場合に対処するために,予算の流用を目節間に限りやむを得ない手段として許容したものであると解されるのである。地方自治法が,一方で,議会に予算修正権を付与しながら,他方で,執行機関が議会の議決に反しこれを有名無実化するような目節間における予算の流用を全く自由自在に行うことができるものとしているとは,到底解されない。そうすると,目節間における予算の流用の実施については,執行機関に相応の裁量権が認められるとしても,それには一定の制約があり,その裁量権の行使に当たっては,上記法の趣旨を逸脱,濫用しないようにすべきは当然であって,議会が当該事業の実施を否定して予算案から全額削除した事業の費途に充てることを目的とする予算の流用は,議会の予算修正権を有名無実化し,議会による予算統制を定める地方自治法の趣旨を実質的に没却し,濫用するものにほかならず,違法であると解するのが相当である。」
 
2 本件は上記高裁の事例と同様の事案である

 本件事案において,市議会は,事業内容や見通しが不明確なまま本件再開発事業を進めることに反対し,本件委託料を平成14年度へ繰り越して執行することを内容とする平成13年度一般会計補正予算案(第4回)を否定した。会計年度独立の原則からするならば,予算の繰越が認められない以上,当該事業の財源は新年度において補正予算をもって措置しなければならないが(甲2),市はこのような措置を講じないで,年度当初にすでに議決された予算に不足が生じる事態になるにもかかわらず,予算を流用し執行したのである。本件予算の流用・執行は,まさに上記東京高裁が違法とした議会の否決した費途に充てるための予算流用・執行にほかならず,「予算の流用を一定の範囲で許容しなければ,臨機に適切な予算執行を実現することができない場合に対処するために,予算の流用を目節間に限りやむを得ない手段として許容した」場合には当たらず,本件予算の流用・執行は裁量権を逸脱・濫用した違法な行為であることは明白である。
 
第2 決算認定により違法性は治癒されない
 
 被告は,決算が議会に承認されたことにより,違法性が治癒されたと主張する。しかし,決算の認定は,何ら違法性を治癒するものではなく,その後の議会の議決内容からも,本件予算の流用を追認したものではないことは以下の通り明らかである。
 
1 決算の認定の法的効力

 決算の認定は,項目を分かって,一部を認定し,又は一部を認定しないとすることのできないものであり,決算の全体に対して行われる。その目的は,執行機関が予算執行の結果を決算書により議会の審査を受け,その執行の適否について批判を受けることにより,住民に対し,執行機関の事務の公正を確保しようとするものである。

 そのため決算について議会の認定があっても,違法な財務行為があった場合には,その違法性が治癒されるわけではない。なぜなら,決算の認定の効力は,法的に執行機関の責任を解除するほど強いものではなく,政治的な意味において対地方公共団体及び住民に対する道義的,政治的な責任を解除するにすぎないからである(大出峻郎著・現代地方自治全集3「地方議会」109頁,ぎょうせい。甲22)。そのことは,逆に決算について議会の認定がない場合における法的効果を考えれば明らかである。すなわち,決算の認定がない場合でも,すでに執行した収支は有効であり,支出行為の法的効力を否定するものではありえない。決算の性質は実績表であって,法律的行為ではないので,決算の有効性が問われるわけではなく,長の政治的責任が残るだけである。決算の認定の有無は,政治的な問題であり,執行機関の法的責任や決算の効力等について,法的に何らかの影響を与えるものではないのである。

 行政実例でも,以下のような取り扱い例が示されている。

(1) 昭31・2・1 自丁行発第1号(関東一都九県議会事務協議会常任幹事,東京都議会事務局宛行政課長回答)(新訂注釈地方自治関係実例集。甲23)
問 議会は,決算の認定をしないということができるか。決算認定の効力は,法的に執行機関の責任を解除するほど強いものではなく政治的に対団体及び住民に対する徳義的な責任解除と思うがどうか。決算が認定されなくても決算の効力に影響はないと思うがどうか。
答 前段できる。中段,後段ともに,お見込みのとおり。

(2) 決算認定後発見された不当支出と損害賠償の責任(実例判例文例市町村制総覧。甲24)
 決算認定後発見された不当支出(町村制第119条2項違反)について,職員の賠償責任は解除されず,賠償を命じることができるとされている。なお,町村制第119条2項は,「収入役ハ町村長又ハ監督官廳ノ命令アルニ非サレハ支拂ヲ為スコトヲ得ス命令ヲ受クルモ支出ノ豫算ナク且豫備費支出,費目流用其ノ他財務ニ関スル規定ニ依リ支出ヲ為スコトヲ得サルトキ亦同シ」と規定されており,その違反行為は,議会が否決した費途へ予算を流用した本件の場合と類似しているものである。
  
2 会計年度独立の原則との関係 

 予算に基づかない支出の瑕疵を治癒するためには,会計年度独立の原則(自治208条2項)との関係から,同一年度内に補正予算が成立しなければならず,そうでない場合には瑕疵は治癒されない。例えば,松山地判昭和48年3月29日行集24巻3号290頁は,会計年度経過後に関しては予算の補正をすることができないとされているから,支出が予算に基づかないでされた瑕疵は,当該会計年度経過後に過年度分支出を認める補正予算が成立したとしても治癒されないとした。
 本件では,同一年度内に補正予算を成立させて,予算に基づかない支出の瑕疵を治癒したものではなく,また本件決算の認定は,同一会計年度における議決でもないのであって,会計年度独立の原則からしても瑕疵はもはや治癒されることはない。
 
3 違法性が重大な瑕疵は追認により治癒されない

 瑕疵の治癒は,瑕疵が軽微でしかも第三者の既存の利益が存在している場合を除き,法律による行政の原理,適正な手続きの保障の原理からして安易に認められるべきではないことは当然の事柄である。
 地方自治法は,前記高裁判決(甲21)が指摘するように,普通地方公共団体の執行機関と議会との関係について,議会に予算修正権を与え,議会による予算統制の制度を通じて,執行機関の専横を排除しようとしている。本件は,単に予算に基づかない支出であるとか,議会の議決がない支出であるとかの問題ではなく,議会の意思に明確に反する支出がなされた事案である。本件予算の流用・執行は,執行機関の行為を議会がチェックするための仕組みとして地方自治法が定める執行機関と議会との基本的な権限の枠組みを壊す重大な違法行為である。このような地方自治法の根幹を破壊する重大な違法行為が,単に政治責任を解除するにすぎない決算の認定により,治癒されることはありえない。
 
4 議会の意思

(1) 「駅前二五階建賃貸住宅建設に関する陳情」が,平成15年6月26日に採択(甲25,甲26)。
 本件陳情は,被告が市民や議会の意思を無視して進めようとしている本件図書に基づく再開発事業にもとづき,武蔵小金井駅前に都市公団による二五階建の高層賃貸住宅建設事業を行うことの見直しなどを求めるものであり,本件の予算流用を議会として是認しないことが示されている。

(2) 「駅前広場獲得と大型再開発に関する陳情」が,平成15年9月29日に採択(甲27,甲28)。
  本件陳情は,被告が市民や議会の意思を無視して進めようとしている本件図書に基づく再開発事業について,駅前広場獲得の精査及び再開発事業認可の不認定(凍結)を求めるものであり,本件の予算流用を議会として是認するものではない。

(3) (仮称)市民交流センター取得に関する覚書の締結中止と新たなまちづくり計画の立案を求める決議が,平成15年12月18日に採択(甲29)。
 本件決議は,被告が本件図書に基づき,都市基盤整備公団との「武蔵小金井駅南口第1地区第一種市街地開発事業に係わる公益施設の取得に関する覚書」の締結をすることの中止を求めるとともに,現在の被告が推し進めている再開発計画を根本から見直して,本件図書とは関係なく,「新たなまちづくり計画を早急に立案すること」を内容とするものである。

 以上の諸決議からも明らかなように,議会は被告が本件図書に基づいて行おうとしている従来どおりの再開発については反対の意思を明確にしているのである。議会の意思が,決算認定により,本件図書の作成のために予算を流用した支出行為について,法的な違法性を治癒させるために瑕疵の法的な追認をしたものではないことは明らかである。
 
第3 損害がないとの主張に対する反論
 
 被告は,「図書作成業務(その2)」については都市計画図書等が,「まちづくり整備計画作成業務(その2)」については調査報告書等が,それぞれ委託契約の履行として納品されており,市に具体的な損害がないと主張する。しかしながら,2003(平成15)年9月11日付原告ら準備書面(2)で述べたように,市の計画どおり本件再開発事業を行うことは事実上不可能で,これら図書等は無意味なものであるから,市に損害が生じている。以下,この点について詳述する。
 
1 議会の意思に反する支出自体が損害

 まず,本件と類似の上記東京高裁判決(甲21)でも,控訴人(被告)は市に損害がないと主張したが,裁判所は市に損害はあったと認定した。東京高裁判決は,「確かに,上記各請負工事契約に基づく工事は,契約どおり施工されたのであるから,市は,その限りにおいて,本件支出負担行為等に伴い,その支出に見合う工事の完成という利益を受けたと認めることが可能である。しかし,上記認定(第3の2)のとおり,本件体育館等解体工事及び主要市道第10号線整備工事は,いずれも本件土地に徳洲会病院を誘致することを専らの目的として施工されたものであって,同病院の誘致が予定されなければ,そもそも施工の必要は全くなかったものである。市が受けた上記利益が,本件土地に徳洲会病院を誘致しなくても,なお市にとって有用なものであるとは認められない。また,当時,市議会議員の多数が本件土地への徳洲会病院の誘致を決定することに反対しており,病院誘致の当否,誘致対象病院の特定,誘致の時期,誘致場所の選定等のいずれについても,議会の意志が未だ確定していなかったものであり(甲8,甲31,弁論の全趣旨),本件支出負担行為等がなかったとしても,いずれ議会においてその支出を含む歳出予算を議決するものと客観的に予見し得る状況は全くなかったと認められる。現に市議会は,その後現在に至るまで,そのような歳出予算の議決はしていない。そうすると,上記利益をもって,損益相殺として損害から差し引くべき利益であると認めることはできず,上記支出額全額が損害となるものである。」と判示した(15頁)。
 また,この事案で控訴人(被告)は,損害の額は支出の時期が少し早まったことによる損害(本件支出額に対する運用益)にとどまるとも主張したが,東京高裁は,「本件支出負担行為等により市の公金が減少したこと自体が損害であ」ると明快に判断している(16頁)。
 
2 損益相殺を否定した裁判例

 次に,違法な公金支出に基づく損害賠償請求に関し,損益相殺の主張を認めず賠償を命じた例として,青森地裁平成7年9月19日判決がある(判例地方自治150号18頁。以下「青森地裁判決」という。)。
 青森地裁判決の事案は,深浦町が国の機関である第二港湾建設局へ贈呈する目的で模型船を製作・運送する費用を支出したが,これが地方公共団体から国への寄付金等の支出を禁じる地方財政再建促進特別措置法24条2項に抵触することが判明したため,町は国の機関と合意の上贈呈行為を当初に遡って取り消し,貸与形式で国の機関の庁舎に模型船を展示してもらった後,町は青森県の施設である展望所に展示したというものである。この事案に対し,青森地裁判決は,「第二港湾局への寄贈という違法な行為を行う目的での本件委託及び運送の各契約の締結は,それ自体いずれも違法であるといわざるを得ない。」と述べた後,「本件模型船は第一義的には第二港湾建設局に寄贈する目的で製作されたものであって,右のような目的がなければそもそも製作されることはなく,また,その製作の必要性も全くなかったものと推認できる。したがって,本件模型船が夕陽展望所に展示されているからといって,そのこと故に直ちに本件模型船が深浦町にとって有用なものであると認めることはでき」ないと判示して,損益相殺の主張を否定した。
 
3 違法な支出と損害に関する学説

 さらに,違法な公金支出と損害との関係に関し,棟居快行助教授は「住民訴訟における『損害』の概念−四号請求を中心として−」との論文(神戸法学年報第1号)で,京都地裁昭和59年9月18日判決(行裁例集35巻9号26頁。以下「京都地裁判決」という。)に関連し,次のように指摘している。

(1) 棟居助教授は,京都地裁判決の要旨を次のように要約したのち,以下のようなコメントを述べている。
(判旨の要約)
 「本件支出負担行為は,予算の裏付を欠くので違法である。しかしながら,『府では従前から地方空港設置の可能性について調査・検討を加えることが懸案になっており,その検討資料を得るために本件調査を行う必要があったこと,右の必要性自体は,府議会においても異議がな(い)・・・ことからすると,[本件]調査報告書は,府にとって有用であり,かつ,その金銭的な価値は,その対価である・・・に見合うものであると推認される・・・から,右調査委託料の支出によって,府は,何らの損害も被っていない。』」
(コメント)
 「判旨は,本件調査サーヴィスに対価性のみならず必要性,有用性も認められるとした上で,控除を肯定した。しかも必要性,有用性の判断基準として,@政策上の懸案事項に関する調査であり,A議会も必要性を認めていた,という客観的メルクマールを掲げている。
 外形的にみて有用かつ必要なサーヴィスは多数にのぼろうが,そのいずれも四号請求との関係で有用性・必要性のメルクマールをみたすとすると,本件のように議会の予算議決権を脱潜ないし無視して行われた支出行為が『結果オーライ』となってしまい,議会の政策的裁量権が損なわれることとなる。従って上記@Aのように,客観的に確立された政策ないし議会によって承認された政策に沿う形で有用かつ必要なサーヴィスのばあいにのみ,損害からの対価控除を認めることが許されよう。」

(2) 上記判決に対する棟居助教授のコメントは,違法な公金支出について損害から控除できるのは,議会が公金の支出の必要性を認めていたか,議会の追認が当然期待しうるなどの特別な事情が認められる場合に限られるべきであると指摘し,安易な損害からの控除に警鐘を鳴らし,議会の予算議決権と損害との関係を明らかにしている。
 
4 本件事案と小金井市の損害

 本件予算の流用・執行は,議会の予算修正権を侵害してなされたものであるから,その違法性は極めて重大といわなければならない。そして,市議会は流用によって不足が生じた事業の補正予算案を否決しているし,市の計画した再開発にとって必要な地区計画改正条例案も5度にわたって否決している。また,すでに述べたように,市議会は,平成15年9月29日には,駅前広場獲得の精査及び再開発事業認可の不認定(凍結)を求める「駅前広場獲得と大型再開発に関する陳情」を採択し,同年12月18日には本件再開発用地内の「(仮称)市民交流センター取得に関する覚書の締結中止と新たなまちづくり計画の立案を求める決議」を採択している。とくに,本件再開発事業では,地権者の意見が分裂し,反対の地権者は市が計画する道路上にマンションを新築し,大型店舗ビル予定地上にはビルを建築していること,市の財政収入も大幅に見通しを下回ることなど,市の計画通り本件再開発事業を行うことは事実上不可能である。
 予算の執行がなされれば,通常はその対価が市にもたらされることになるから,市に損害があったか否かについては,予算の執行の対価が得られたか否かではなく,その対価が市にとって「必要かつ有用」なものかによって判断されるべきである。そして,地方自治法が議会に予算を定める権限(予算修正権)を付与し(同法96条1項2号),その予算修正権の実効性を担保するため,予備費を議会の否決した費途に充てることを禁止している(同法217条2項)ことからすると,当該予算の執行が市にとって「必要かつ有用」か否かは,市議会がこれを決することになる。
 したがって,市議会が否決した費途へ予算を流用・執行することは,市にとって必要性・有用性が認められないから,本件予算の流用・執行により公金が減少したこと自体が市の損害に該当するというべきである。
以上





★正本は全文34ページ(A4版)です。主要部分のみ抜粋してリライトしました。



平成16年4月28日判決言い渡し
同日原本領収 裁判所書記官
平成15年(行ウ)第44号
公金支出差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成16年1月21日


判    決
当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり

主    文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 請求

 被告は、稲葉孝彦に対し、1374万0405円及び内690万9525円については平成15年1月21日から支払済みまで、内683万0880円については同年4月5日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を請求せよ。
 
第2 事案の概要

 本件は、東京都小金井市の住民である原告らが、小金井市長を被告として、同市長の職にあった者が同市の予算を流用のうえ、公金を同市議会が否決した費途に充てる旨の支出命令を発したことは、同市議会の予算審議権を侵害し、違法であると主張して、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、被告に対し、上記の者に対して上記支出命令に基づく支払額相当額の損害賠償請求をすることを求めている事案である。

 1 法令の定め

   -----省略(約4ページ)------
 (関連する地方自治法、同施行令、小金井市予算事務規則等についての記載)

 2 前提事実(各項末尾の証拠等により認められる。)

   -----省略(約4ページ)------
 (ほとんど当事者間に争いのない事実として記載されています)

 3 当事者の主張

   -----省略(約5ページ)------
 (原告、被告双方の主張です)

 4 争点

 以上によれば、本件における争点は、次のとおりである。
(1) 本件予算流用は違法であるか。本件予算流用が違法とされた場合、本件支出命令は違法であるか。
(2) 本件予算流用または本件支出命令につき、市議会により追認されたか。追認された場合に、本件支出命令の違法性は治癒されるか。
(3) 損害発生の有無

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)(本件予算流用等の違法性の有無等)について

   -----省略(約8ページ)------
 (裁判所としての事実経過等の確認と検討内容の記載)

(3)ア 上記(2)の各事実及び証拠(甲17)によれば、
   -----省略(約8行)------
 したがって、これらの事実に照らせば、このような予算の流用を前提として行われた本件支出命令は、流用後の経費を、市議会がその実施を否定して予算から削除した本件各委託の費途に充てる目的でされたものであることが明らかであって違法であるといわざるを得ず、上記のような経緯に照らせば、市長である稲葉には、このような違法な本件支出命令を行うについて故意又は過失があったものと認められる。

イ なお、被告は、本件予算流用及び、本件支出命令の必要性を指摘し、また、従前の市議会の意思に照らせば、本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令が違法ではない旨主張するが、市議会が本件図書作成業務委託料@と本件まちづくり業務委託料@の繰越を否定することによって、当該年度におけるこれらの業務委託料の支出を否定すべき意思を明らかにしていたのであるから、かかる議会の意思に反して行われた本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令を適法がものとして扱うことは、前記(1)に説示した、議会にゆおる予算統制を定めた地方自治法の趣旨を没却するものとして許されないというべきである。

 2 争点(2)(本件予算流用等に対する市議会の追認の有無等)について

   -----省略(約2ページ)------
 (裁判所としての事実経過等の確認と検討内容の記載)

(3)ア 上位の各事実によれば、被告が指摘するとおり、
   -----省略(約7行)------
 しかし、市議会が可決した本件平成15年度当初予算は、小金井市が都市計画法上公団に支払うべき分担金等についての経費を含むにすぎないのであって、直接、本件予算流用に伴う本件各委託料Aの支出を肯定又は追認する内容のものではないから、これをもって市議会が本件予算流用又は本件支出命令を追認したとみることは到底できない。

イ むしろ、本件証拠上、市議会が本件予算流用又は本件支出命令について明示的にこれを許容する旨の決議等を行った事実は認められないのみならず、前記各事実及び証拠(甲18、25ないし29)によれば、
   -----省略(約10行)------
市議会は、本件否決前後を通じて一貫して本件予算流用を問題とする態度を示し、また、本件再開発事業のあり方についても疑問視し、あるいは見直しを求める態度を示しているものというべきである。

ウ また、本件決算認定の点についても、上記認定の審議経過に加え、そもそも決算の認定(地方自治法96条3号)とは、議会が決算の内容を審査して、収入、支出が適法に行われたかどうかを確認するものにすぎず、その方法も決算全体について認定するか否かの方法で行い、一部につき認定し、一部については不認定とすることはできないものと解されていること、また、その認定の効力も、法的に執行機関の責任を免除するものとまでは解されないことに照らせば、本件決算認定をもって本件予算流用又は本件支出命令が追認されたとみる余地はないと解すべきである。

(4) したがって、本件においては、市議会によって追認がされた事実は認め難いから、その効力について論ずるまでもなく、被告の上記主張には理由がない。

 3 争点(3)(損害の有無)について

   -----省略(約1ページ)------
 (裁判所としての事実経過等の確認と検討内容の記載)

 原告らが主張するように、本件再開発事業の実施は不可能であって、同市が公団から受領した前記報告書等が同市にとって不要なものであるということはできない。 

(4) したがって、上記(3)のような事情の下において、公団から、本件各委託料Aに見合う成果物として前記報告書等を受領している以上、同市に本件各委託料A相当額の損害が発生したものと認めることは困難である。

 4 結論

 以上の次第で、原告らの請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条及び65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。

  東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官  市 村 陽 典   .

裁判官  丹 羽 敦 子   .

裁判官  寺 岡 洋 和   .



   -----省略(4ページ)------
 (当事者目録、予算に関する説明書様式)






★判決文全文をスキャナーで読み込みました。精査していませんので、改行等読みにくいところもありますし、誤字等もあるかもしれません。


   平成16年4月28日判決言渡し

  同日原本領収 裁判所書記官

     平成15年(行ウ)第44号

公金支出差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成16年1月21日


判       決

当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり

主       文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 請求

 被告は,稲葉孝彦に対し,13740405円及び内6909525円については平成15年1月21日から支払済みまで,内683万0880円については同年4月5日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を請求せよ。

第2 事案の概要

 本件は,東京都小金井市の住民である原告らが,小金井市長を被告として,同市長の職にあった者が同市の予算を流用のうえ,公金を同市議会が否決した費途に充てる旨の支出命令を発したことは,同市議会の予算審議権を侵害し,違法であると主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,上記の者に対して上記支出命令に基づく支払額相当領の損害賠償請求をすることを求めている事案である。

 1 法令の定め等

 (1)普通地方公共団体の長の権限に関する地方自治法の定め

  普通地方公共団体の長は,予算を調製し,これを執行する権限を有している(地方自治法149条2号)。

(2)普通地方公共団体の議会の権限に関する地方自治法の定め

 ア 普通地方公共団体の議会は,次に掲げる事件を議決しなければならない(地方自治法96条)。

  a 予算を定めること(同条2号)

  b 決算を認定すること(同条3号)

 イ 議会は,予算について,増額してこれを議決することを妨げない。ただし,普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない(地方自治法97条2項)。

(3)普通地方公共団体の予算に関する地方自治法及び同法施行令等の定め

 ア 総計予算主義の原則

   一会計年度における一切の収入及び支出は,すべてこれを歳入歳出予算に編入しなければならない(地方自治法210条)。

 イ 予算の調製及び議決

  a 地方自治法の定め

   普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に,議会の議決を経なければならない(地方自治法211条1項)。

   普通地方公共団体の長は,予算を議会に提出するときは,政令で定める予算に関する説明書をあわせて提出しなければならない(同条2項)。

  b 予算に関する説明書についての地方自治法施行令の定め

   地方自治法211条2項に規定する政令で定める予算に関する説明書は,次のとおりとする(地方自治法施行令144条1項)。

   @ 歳入歳出予算の各項の内容を明らかにした歳入歳出予算事項別明細書及び給与費の内訳を明らかにした給与費明細書(同項1号)

   A 継続費についての前前年度末までの支出額,前年度末までの支出額又は支出額の見込み及び当該年度以降の支出予定額並びに事業の進行状況等に関する調書(同項2号)

   B 債務負担行為で翌年度以降にわたるものについての前年度末までの支出額又は支出額の見込み及び当該年度以降の支出予定額等に関する調書(同項3号)

   C 地方債の前前年度末における現在高並びに前年度末及び当該年度末における現在高の見込みに関する調書(同項4号)

   D その他予算の内容を明らかにするため必要な書類(同項5号)前項1号から4号までに規定する書類の様式は,総務省令(地方自治法施行規則15条の2)で定める様式を基準としなければならない(地方自治法施行令144条2項)。

ウ 繰越明許費

  歳出予算の経費のうちその性質上又は予算成立後の事由に基づき年度内にその支出を終わらない見込みのあるものについては,予算の定めるところにより,翌年度に繰り越して使用することができる(地方自治法213条1項)。

  前項の規定により翌年度に繰り越して使用することができる経費は,これを繰越明許費という(同条2項)。

エ 予算の内容

  予算は,次の各号に掲げる事項に関する定めから成るものとする(地方自治法215条)。

 a 歳入歳出予算(同条1号)

 b 継続費(同条2号)

 c 繰越明許費(同条3号)

 d 債務負担行為(同条4号)

 e 地方債(同条5号)

 f 一時借入金(同条6号)

 g 歳出予算の各項の経費の金額の流用(同条7号)

オ 歳入歳出予算の区分

 a 歳入歳出予算は,歳入にあっては,その性質に従って款に大別し,かつ,各款中においてはこれを項に区分し,歳出にあっては,その目的に従ってこれを款項に区分しなければならない(地方自治法216条)。

 b 歳入歳出予算の款項の区分は,総務省令で定める区分を基準としてこれを定めなければならず(地方自治法施行令147条1項),予算の調製の様式は,総務省令で定める様式を基準としなければならない(同条2項)。

   なお,地方自治法施行規則は,歳入歳出予算の款項の区分並びに目及び歳入予算に係る節の区分,歳出予算に係る節の区分について,別紙「予算に関する説明書様式」のとおり定める旨規定する(地方自治法施行規則15条1項及び2項)。

カ 予備費

  予算外の支出又は予算超過の支出に充てるため,歳入歳出予算に予備費を計上しなければならない。ただし,特別会計にあっては,予備費を計上しないことができる(地方自治法217条1項)。

 予備費は,議会の否決した費途に充てることができない(同条2項)。

キ 予算の執行及び事故繰越し

 a 普通地方公共団体の長は,政令で定める基準に従って予算の執行に関する手続を定め,これに従って予算を執行しなければならない(地方自治法220条1項)。

   歳出予算の経費の金額は,各款の間又は各項の間において相互にこれを流用することができない。ただし,歳出予算の各項の経費の金額は,予算の執行上必要がある場合に限り,予算の定めるところにより,これを流用することができる(同条2項)。

   繰越明許費の金額を除くほか,毎会計年度の歳出予算の経費の金額は,これを翌年度において使用することができない。ただし,歳出予算の経費の金額のうち,年度内に支出負担行為をし,避けがたい事故のため年度内に支出を終わらなかったもの(当該支出負担行為に係る工事その他の事業の遂行上の必要に基づきこれに関連して支出を要する経費の金額を含む。)は,これを翌年度に繰り越して使用することができる(同条3項)。

  b 普通地方公共団体の長は,次の各号に掲げる事項を予算の執行に関する手続として定めなければならない(地方自治法施行令150条1項)。

   @ 予算の計画的かつ効率的な執行を確保するため必要な計画を定めること(同項1号)

   A 定期又は臨時に歳出予算の配当を行なうこと(同項2号)

   B 歳入歳出予算の各項を目節に区分するとともに,当該目節の区分に従って歳入歳出予算を執行すること(同項3号)

    前項3号の目節の区分は,総務省令(地方自治法施行規則15条)で定める区分を基準としてこれを定めなければならない(地方自治法施行令150条2項)。

 

(3)        小金井市における予算事務の取扱い

 小金井市予算事務規則(昭和39年5月18日規則;第6号)は,予算事務の取扱いについて,次のとおり規定する。

 ア 歳入歳出予算の款項及び目節の区分

   歳入歳出予算の款項の区分並びに目及び歳入予算に係る節の区分は,毎会計年度歳入歳出予算の定めるところによる(同規則3条1項)。

  歳出予算に係る節の区分は,地方自治法施行規則15条2項に規定する歳出予算に係る節の区分のとおりとする(同条2項)。

 イ 歳出予算の流用

 課長は,予算に定める歳出予算の各項の流用又は歳出予算の目もしくは節間の流用を必要とする場合は,予算流用(充当)申請票兼通知票を企画財政部長に提出しなければならない(同規則18条l項)。

   企画財政部長は,提出された予算流用(充当)申請票兼通知票を審査し,意見を付して市長の決定を求めるものとする(同条2項)。

                               (乙7)

2 前提事実(各項末尾の証拠等により認められる。)

 (1) 当事者等

   原告らは,東京都小金井市の住民であり,稲葉孝彦(以下「稲葉」という。)は,平成13年ないし平成15年当時,小金井市長(以下「市長」という。)の職にあった者である。

                   (当事者間に争いのない事実)

(2)平成13年度小金井市一般会計補正予算(第4回)の否決に至る経緯

  ア 平成13年第1回市議会定例会(平成13年3月2日の期日)

  小金井市議会(以下「市議会」という。)は,平成13年3月2日,平成13年第1回市議会定例会において,平成13年度小金井市一般会計予算(以下「平成13年度一般会計予算」という。)を可決した。

   同予算には,武蔵小金井駅南口第1地区第一種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)に係る都市計画に関する図書作成業務(その1)委託料(以下「本件図書作成業務委託料@」という。)1795万5000円,武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務委託料(以下「本件まちづくり業務委託料@」という。)5869万4000円が計上されていた。

                     (当事者間に争いのない事実)

  イ 本件各契約@の締結

    小金井市は,住宅G都市整備公団(現在は都市基盤整備公団,以下「公団」という。)との間で,平成13年8月14目には本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その1)委託契約(以下「本件図書作成業務委託契約@」という。)を,同年12月19日には武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務委託契約(以下「本件まちづくり業務委託契約@」といい,両契約を併せて「本件各契約@」という。)をそれぞれ締結した。

                     (当事者間に争いのない事実)

 ウ 平成14年第1回市議会定例会(平成14年3月23日の期日)

  市長稲葉は,本件再開発事業が当初の予定より大幅に遅れ,本件各契約@に基づく各業務が平成13年度内に完了する見込みが立たなかったため,本件図書作成業務委託科@及び本件まちづくり業務委託科@について,地方自治法213条に従って繰越明許費として翌年度へ繰り越すことを決定し(以下,この繰越明許費を「本件繰越明許費」という。),これを計上した平成13年度小金井市一般会計補正予算(第4回)(以下「平成13年度補正予算(第4回)」という。)を平成14年第1回市議会定例会に提出したが,市議会は,平成14年3月23日,これを否決した(以下,この議決を「本件否決」という。)。

                     (甲1,乙3,弁論の全趣旨)

 エ 平成14年第1回市議会臨時会(同年3月27日の期日)

   市長稲葉は,上記補正予算(第4回)を再議に付すことなく,同月27日の平成14年第1回市議会臨時会において,本件繰越明許費部分を削除した平成13年度小金井市一般会計補正予算(第5回)(以下「平成13年度補正予算(第5回)」という。)を提出し,市議会は,同日,これを可決した。

 本件否決に伴い,小金井市は,公団との間で,平成13年度中に本件各契約@を変更のうえ,終了させた。

                       (甲17,弁論の全趣旨)

(3) 本件予算流用に至る経緯

 ア 小金井市は,市長稲葉の指示の下,平成14年3月28日,公団に対し,本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)及び武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)の各委託の見積りを依頼した。

                             (甲4,5)

 イ 予算流用の手続

   市長稲葉は,同年4月22日,公団の見積り結果を踏まえて,上記各業務の委託料合計1374万1000円につき,平成14年度小金井市一般会計予算(以下「平成14年度会計予算」という。)の「(款8)土木費」,「(項4)都市計国費」,「(目1)都市計画総務費」,「(節17)公有財産購入費」(1億8239万3000円)から同団内の「(節13)委託料」(武蔵小金井駅南口地区第一種市街地再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)委託料,武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)委託料)に流用する手続をとった(以下「本件予算流用」という。)。

                     (当事者間に争いのない事実)

 ウ 支出負担行為(本件各契約Aの締結)

  市長稲葉は,小金井市を代表して,同年5月14目,公団との間で,武蔵小金井駅南口地区第一種市街地再開発事業に係る都市計画についての図書作成業務(その2)に関する委託契約(以下「本件図書作成業務委託契約A」という。)及び武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)に関する委託契約(以下「本件まちづくり業務委託契約A」という。)をそれぞれ締結した(以下,両契約を併せて「本件各契約A」という。)。

                      (当事者に争いのない事実)

(4) 支出命令及び支出等

  公団は,平成14年12月,小金井市に対し,本件図書作成業務委託契約Aに基づき,「都市計画書」・「参考図書」・「都市計画関連図工「附属資科」から成る冊子(乙18の体裁のもの)5部を,本件まちづくり業務委託契約Aに基づき,平成15年3月,「住宅市街地整備総合支援事業整備計画調査報告書」(乙11の資料18の1)及び「都市活力再生拠点整備事業街区整備計画調査報告書」(同資料18の2)各100部をそれぞれ納入した。

   これを受けて,市長稲葉は,同市を代表して,本件各契約Aに基づく各要託料の支出命令をそれぞれ行い(以下,これらの支出命令を併せて「本件支出命令」という。),同市は,公団に対し,平成15年1月20目に本件図書作成業務委託契約Aに基づく委託料(以下「本件図書作成業務委託料A」という。)690万9525円を,同年4月4目に本件まちづくり業務委託契約Aに基づく委託料(以下「本件まちづくり業務委託料A」という。)683万0880円をそれぞれ支払った(以下,両委託料を併せて「本件各委託料A」といい,また,これらの支出を併せて「本件支出」という。)。

    (本件支出命令及び本件支出については当事者間に争いがなく,

    公団による納入及びその時期について乙11,18,弁論の全趣旨)

(5) 監査請求

   原告らは,平成14年11月8日付けで,小金井市監査委員に対し,本件予算流用の違法性を主張して,本件各契約Aの破棄,公金支出の差止め等を求める監査請求を行ったが,同市監査委員は,平成15年1月6目,上記監査請求を棄却した。

                     (当事者間に争いのない事実)

(6) 原告らは,平成15年2月5日,当裁判所に対し,上記監査請求結果を不服として,本件訴えを提起した。

                      (当裁判所に顕著な事実)

 

3 当事者の主張

 (原告らの主張)

 (l) 本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令の違法性

  ア 地方自治法は,一般会計年度における一切の収入及び支出は,すべてこれを歳入歳出予算に編入すべきこと及び普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に,議会の議決を経なければならない旨規定し(同法210条,211条),併せて議会に予算を定める権限を付与し(同法96条1項2号),その予算修正権の実効性を担保するため,予備費を議会の否決した費途に充てることを禁止している(同法217条2項)。このような地方自治法における議会による予算統制の制度に照らせば,議会において当該事業の実施を否定して予算から削除したにもかかわらず,地方公共団体の執行機関が,その議会の意思を無視して予算流用の方法を用いて当該事業の費途に充てた場合には,議会の予算審議権を侵害するものであって違法であり,かかる流用を受けて行われた財務会計行為も違法であると解すべきである。

   なお,地方自治法は,目・節間における流用について禁止していないものの,上記に記載した同法の定めに加え,地方公共団体の長は,予算を議会に提出する際に提出義務を課されている「予算に関する説明書」において目節の内容を明らかにしなければならないとして(同法211条2項,同法施行令144条2項,同法施行規則15条の2),予算審議の際に議会が当該予算の目節の内容についても考慮できるように定めたことに照らせば,目節間における予算の流用についても上記と同様に解すべく,議会の否決した費途に充てる予算執行は違法であると解すべきである。

 イ  本件において,市議会は,平成14年第1回定例会において,本件繰越明許費を計上した平成13年度補正予算(第4回)を否決し(本件否決),その後間もなく開催された平成14年第1回臨時会において,本件繰越明許費を削除した平成13年度補正予算(第5回)を可決していることに照らせば,市議会が本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務及び武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務の委託(以下「本件各委託」という。)を否定すべく上記補正予算(第4回)を否決したことは明らかである。

   それにもかかわらず,市長稲葉は,市議会が否定した本件各委託を実施すべく,本件予算流用を行ったものであるから,本件予算流用は違法であるといわざるを得ず,これに伴う本件支出命令も違法である。

  加えて,市長稲葉は,上記補正予算(第4回)につき再議に付すことなく,かつ,平成14年第1回臨時会において,本件繰越明許費を削除した上記補正予算(第5回)を提出した際の提案理由において,本件否決に係る市議会の意思を尊重する旨発言し,同市財政担当者も同様の発言をしているが,その後公団に上記各委託の見積り依頼を出し,2か月後には本件予算流用を経て本件各契約Aを締結していることを考慮すれば,上記補正予算(第5回)の提出時には既に本件予算流用を念頭に置いていたことが窺われる。そうすると,市長稲葉は,市議会を欺く上記発言をすることによっても市議会の予算審議権を侵害したと評価できる。

 ウ なお,本件否決以後も,市議会は本件予算流用を追認する内容の議決をしたことはなく,かえってその審議経過に照らせば,本件予算流用を含め本件再開発事業の実施について問題としていたことは明らかであり,本件予算流用及び本件支出命令の違法性が治癒する余地はない。

(2) 損害の発生

 ア  市議会が本件繰越明許費を計上した平成13年度補正予算(第4回)を否決し,それを削除した同年度補正予算(第5回)を可決することによって本件再開発事業に係る本件各委託の必要性を否定した以上,これらの実施のためにされた本件支出による公金の減少自体が損害であり,結局,小金井市は,本件各契約Aに基づく本件各委託料A相当額を損害として被ったと解すべきである。

   実質的にも,本件再開発事業については,同事業の対象区域の地権者の中にも反対意見が多く,地権者の中には本件再開発事業の実施を妨げるべく,本件再開発事業の対象区域に諸々の建築物を新築するなどしている者も相当数見受けられ,また,同市の財政状況も悪化し,本件再開発事業に必要な資金の捻出が困難であることにも照らせば,市長稲葉が本件予算流用を実施し,本件各契約Aを締結した平成14年当時から現在に至るまで,本件再開発事業の実施は事実上不可能な状態にあったと考えられる。

   そうすると,本件再開発事業の実施に向けられた本件各契約Aを締結しても無意味であるから,結局,小金井市は,本件各委託料A相当額の損害を被ったものである。

 イ なお,上記のとおり,本件において,本件各契約Aを締結する必要性がなかったことに照らせば,公団から本件各契約Aに基づく成果物が納入されたことを理由とする損益相殺が行われるべき事案ではない。

(3) 責任原因

  稲葉は,小金井市の市長として適法に同市の予算執行を行うべき義務を有するにもかかわらず,市議会が本件繰越明許費を否決したことにより本件各委託を実施してはならないことを認識しながら,違法な本件予算流用によって違法な本件支出命令等を行い,よって同市に損害を与えたものであるところ,稲葉にはこの点に関し故意又は過失があることは明らかである。

(4) よって,原告らは,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,稲葉に対しては本件支出命令によって生じた損害金1374万0405円及び内690万9525円については本件図書作成業務委託料Aの支払がされた日の翌日である平成15年1月21目から支払済みまで,内683万0880円については本件まちづくり業務委託科Aの支払がされた日の翌日である同年4月5日から支払済みまでそれぞれ民法所定年5分の割合による遅延損害金についての損害賠償請求をすることを求める。

 (被告の主張)

 (1) 本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令の適法性について

 ア 目節間の流用は予算執行機関の裁量にゆだねられていること

 地方自治法220条2項は,歳出予算の経費につき各項間の流用を原則として禁じるものの,同法上,目節間についてはその流用を禁じる規定がない。そして,そもそも議会における歳入,歳出予算の議決対象は款,項であり,目,節については各項の内容を明らかにするために設けられたにすぎず,予算提出の際,普通地方公共団体の長に提出義務が課される「予算に関する説明書」(同法211条2項)において目,節の記載が要求されるのも上記と同じ趣旨であることも併せ考慮すれば,目節間の流用については,執行機関に対し現実の情勢の変化に臨機応変に対応すべく,普通地方公共団体の長の裁量にゆだねたものと解するのが相当である。

  なお,他の地方公共団体においては,目節間の流用についてこれを禁じる旨の予算規則を制定する例も見受けられるが,小金井市においてはそのような予算規則が存しないから,市長について上記裁量を肯定していることは明らかである。

 イ 本件予算流用及び本件支出命令がやむを得なかったことについて

  本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務は,都市計画決定ないし変更までの手続に沿って関係機関と調整を行いながら都市計画の図書(都市計画法14条)を作成していくものであり,武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務は,同駅周辺地区の計画的なまちづくりを推進するため,住宅市街地整備総合支援事業及び都市活力再生拠点整備事業の整備計画を作成するものという内容のもので,これにより作成された計画を基に小金井市が行う道路整備等のための補助金を国に申請することとなっており,いずれの業務も本件再開発事業を推進するに当たっては必要不可欠のものである。

  本件否決により本件各委託料A(相当額)を支出することができず,よって本件各委託ができない場合,公団を始め東京都,JR等の関係機関,そして地権者との信頼関係を損ない,その結果,本件再開発事業について都市計画決定がされず,本件再開発事業が頓挫する可能性があったことから,市長稲葉は,やむを得ず,本件予算流用の手続をし,本件支出命令を行ったものであり,これらの事情に加え,市議会も,本件図書作成業務委託料@,本件まちづくり業務委託科@を計上した平成13年度一般会計予算を可決し,また,本件再開発事業についての都市計画決定後に執行する再開発用地取得費を計上した平成14年度一般会計予算も可決しており,本件各委託を含め本件再開発事業に理解を示していた経緯に照らせば,本件予算流用及び本件支出命令について違法とまではいえないと解すべきである。

  (2) 市議会による追認

  仮に本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令に違法な点があるとしても,市議会がこれを追認した場合には,その違法性が治癒されるものと解すべきである。

  本件では,市議会は,本件再開発事業が都市計画決定されたことを踏まえ,平成15年5月27日に都市再開発法120条に基づく再開発事業分担金2億0900万円,同法121条に基づく再開発事業に係る公共施設整備負担金1億2000万円が計上された平成15年度小金井市一般会計予算を可決しているところ,本件予算流用に係る本件各委託料Aは,上記分担金,負担金と密接な関連性を有するものであることから,上記一般会計予算の成立をもって,本件予算流用又は本件支出命令について追認があったものと評価でき,また,同年11月28日,本件予算流用を含む平成14年度一般会計歳入歳出決算(以下「平成14年度決算」という。)を認定していることからも,市議会がこれらを追認したことは明らかである。

  (3) 損害が発生していないこと

  小金井市は,本件各契約Aに基づき本件各委託料Aを支出し,公団は,本件各契約Aに基づく履行(報告書等の納品)をしたところ,当該報告書等の価値は本件各委託料Aに見合うものであり,かつ,これらの報告書等を踏まえて,平成14年9月に本件再開発事業について都市計画の決定がされ,本件再開発事業に関連する住宅市街地整備総合支援事業の整備計画書が国土交通大臣に承認されて,同市が平成15年度の市街地再開発事業補助金と住宅市街地整備総合支援事業補助金の交付決定を受けられたことに照らせば,本件支出命令による損害は生じていないと解すべきである。

 4 争点

   以上によれば,本件における争点は,次のとおりである。

  (1) 本件予算流用は違法であるか。本件予算流用が違法とされた場合,本件支   出命令は違法であるか。

  (2) 本件予算流用又は本件支出命令につき,市議会により追認されたか。追認   された場合に,本件支出命令の違法性は治癒されるか。

  (3) 損害発生の有無

 

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)(本件予算流用等の違法性の有無等)について

  (1) 本件予算流用の違法性等について

   ア 被告は,目節は予算の執行科目であり,目節間の流用については普通地方公共団体の長の裁量にゆだねられるものであるから,節間その流用にすぎない本件予算流用も適法であり,これに伴う本件支出命令も適法である旨主張するため,まず,一般的に,目節間の予算の流用が許されるかどうかについて検討する。

   イa 地方自治法は,歳出予算の経費の金額について,各款の間又は各項の間において相互にこれを流用することができない旨規定する(同法220条2項本文)が,歳入歳出予算として,議会の議決の対象となるのは,款及び項であり (同法216条), 目及び節は,予算の執行科目にすぎず(同法220条1項,同法施行令150条1項3号),議決の対象とはならないものであること,地方自治法上も,目節の間における予算の流用については,明文をもってこれを禁止していないことに照らせば,当該普通地方公共団体の財務規則等に別段の定めがある場合は別として当然に普通地方公共団体の長が目節の間における予算の流用をすることが禁止されているものとは解されない。

b しかし,@地方自治法は,普通地方公共団体の議会に予算議決権を付与し(同法96条1項2号,97条2項本文),その予算議決権の実効性を担保すべく,予備費を議会の否決した費途に充てることを禁止していること(同法217条2項),A一会計年度における一切の収入及び支出は,すべてこれを歳入歳出予算に編入すべきものとし,普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に,議会の議決を経なければならない旨定めるとともに(同法210条,211条),別紙「予算に関する説明書様式」のとおり,普通地方公共団体の長が予算を議会に提出するときにあわせて提出しなければならない「予算に関する説明書」においては,目節の内容を明らかにしなければならないものとされ(同法211条2項,同法施行令144条2項,同法施行規則15条の2),議会が予算について議決するに際し,執行科目である圏節の内容についても配慮できるようにしていること,B普通地方公共団体の執行機関は,当該普通地方公共団体の条例,予算その他の議会の議決に基づく事務を誠実に管理し及び執行する義務を負い(同法138条の2),また,普通地方公共団体の長は,歳入歳出予算の各項を目節に区分するとともに,当該目節の区分に従って歳入歳出予算を執行するための手続を定めたうえで予算を執行すべき義務も負うこと(同法220条1項,同法施行令150条1項3号)に照らせば,目節間の予算の流用についても無制約に許されると解すべきではなく,普通地方公共団体の長が,予算流用の方法を用いて,普通地方公共団体の経費を,議会が当該事業の実施を否定して予算から削除した事業の費途に充てることを目的とする予算執行は,議会に与えられた予算議決権を一部空洞化させ,議会による予算統制を定めた地方自治法の趣旨に反するとともに,普通地方公共団体の長が当該目節の区分に従って歳入歳出予算を執行するための手続を設けた趣旨にも反するものであるから,違法というべきである。そうすると,議会が当該事業の実施を否定して予算から削除した事業の費途に充てることを目的とする財務会計行為もまた同様に違法であるというべきである。

 ウ 以上によれば,普通地方公共団体の長の裁量によって目節間の予算の流用は当然に許されるとする旨の被告の上記主張は採用できない。

 

(2) そこで本件についてみるに,前記前提事実及び各項末尾に掲記の証拠等によれば,本件予算流用,本件支出命令に至る経緯は,次のとおりであることが認められる。

 ア 武蔵小金井駅南口まちづくり事業の経緯

  a 本件再開発事業の経緯とその概要

    小金井市は,JR武蔵小金井駅南口周辺地区の整備を進めるべく,同地区の再開発事業の計画を立てていたが,東京都知事により,都市計画法18条1項に基づき,平成6年5月,JR中央本線連続立体交差事業の一環として,都市計画である「小金井都市計画都市高速鉄道」の決定が行われ(乙11の資料1), これを受けて,建設大臣(当時)から,都市計画法59条2項に基づき,平成7年11月,上記都市計画に関する事業について認可を受けた(同資料2)。

    その後,平成8年5月に,東京都知事による「市街化区域及び市街化調整区域の整備・開発又は保全の方針」(同資料3)に基づく上記都市計画の変更により,武蔵小金井駅南口周辺地区が再開発促進地区に位置付けられた。

    同市の地元組織は,平成9年6月から同年7月にかけて,同市及び公団に対し,武蔵小金井駅南日地区市街地再開発事業の施行要請を行い(同資料4),同市も,同年7月28日,公団に対し,上記再開発事業の施行を依頼した(同資科5)。

 そのような中で,公団は,平成10年4月8日,上記再開発事業について国から地区採択を受け,同市は,同月21日,公団との間で,上記再開発事業に関する基本協定を締結した(同資料6)。

 そして,同市は,平成12年3月22日,「武蔵小金井駅南口地区市街地再開発事業に係る市の方針」(案)を作成のうえ,同年7月4日,上記方針(同資料8)を決定し,上記再開発事業を推進すべく,同月7日,公団に対し,上記再開発事業について事業化に向けた覚書を交換したい旨申し入れ(同資料9),同月17日,公団より事業化の目処が立った段階で覚書を交換したい旨の回答(同資料10),平成13年6月18日には,(南口地区)第1地区については事業化の目処が立ち,(南口地区)第2地区については引き続き事業化に向けて取り組んでいく旨の回答がそれぞれあった(同資料11)。

 そこで同市は,先行的に(南口地区)第1地区について再開発を進めることとし,上記地区を対象とする本件再開発事業(対象区域は小金井市本町一丁目,五丁目及び六丁目各地内)の計画が立案された。同計画においては,対象区域における道路の拡幅,新設のほか,建設物の整備等が方針として含まれている。

 そして,平成14年9月27日,東京都知事より,都市計画法18条1項に基づき,「小金井都市計画第一種市街地再開発事業」が決定され(同資科17),上記計画の申に本件再開発事業が定められた。

                   (甲1,乙2の1及び2,乙11)

 b 武蔵小金井駅南口地区地区計画の概要

 小金井市は,JR武蔵小金井駅南口地区(対象区域は,小金井市前原三丁目,本町一丁目,五丁目及び六丁目各地内)を調和のとれた複合的な都市拠点機能の充実を図るべく,同地区の地区計画(都市計画法12条の4第1号)を定めた(平成14年9月に変更。以下,変更前,後のものを併せて「本件地区計画」という。)。上記計画の中には,建築物等の用途の制限,壁面の位置の制限等を定めることが方針とされている(乙11の資料18の1の21頁,18の2の19頁ないし24頁)。

                   (甲1,乙2の1及び2,乙11)

 イ 平成13年における市議会における審議経過等

 a 平成13年第1回市議会定例会(平成13年3月2日)

   市議会は,平成13年3月2日,同年の第1回定例会において,「第3次小  金井市基本構想の策定について」が可決された(なお,同基本構想には,小金井駅周辺市街地整備が基本的施策として言匡われている。)。

   また,市議会が同日可決した平成13年度一般会計予算には,本件再開発事業の都市計画に関して,「款8 土木費」,「項4 都市計画費」(24億9583万5000円)の中に,本件図書作成業務委託料@(1795万5000円),本件まちづくり業務委託料@(869万4000円)が計上されていた。

                               (甲1)

 b 本件各契約@の締結

   小金井市は,同年8月23日,公団との間で本件再開発事業の事業化に向けた覚書を締結し,また,同年8月14目,公団との間で,本件図書作成業務委託契約@,同年12月19日,本件まちづくり業務委託契約@をそれぞれ締結した。 しかしながら,本件再開発事業が当初の予定より大幅に遅れることになり,平成13年度に予定していた上記各業務ば,同年度中に完了する見込みが立たなかった。

                               (甲1)

 ウ 本件否決に関わる市議会における審議経過等

 a 平成14年第1回市議会定例会(平成14年2月ないし同年3月)

 市長稲葉は,本件図著作成業務委託料@と本件まちづくり業務委託料@の合計2664万9000円を,地方自治法213条に従って繰越明許費として翌年度へ繰り越すことを決定し,本件繰越明許費ほかを計上した平成13年度補正予算(第4回)を平成14年第1回市議会定例会に提出したが,市議会は,平成14年3月23日,上記の各業務委託料を翌年度に繰り越して支出することは認められないとして,これを否決した(本件否決)。

 なお,市長稲葉より提出された平成14年度一般会計予算には,「(款8)土木費」,「(項4)都市計画費」(28億3981万8000円),「(目1)都市計画総務費」の同団内に,「(節17)公有財産購入費」(1億8239万3000円)が,「(節19)負担金補助及び交付金」(2552万円)がそれぞれ計上されており(「平成14年度小金井市一般会計・特別会計歳入歳出予算事項明細書」(乙3)における「説明」欄には,「(節17)公有財産購入費」については「再開発地取得費」と,「(節19)負担金補助及び交付金」については「全国市街地再開発協会負担金」として8万円,「武蔵小金井駅南口第1地区第一種市街地再開発事業分担金」として2544万円の記載(乙3の309頁)がある。),市議会は,同日,上記予算につき,小金井市職員の再任用関係経費を予備費に組み替えたうえで修正可決した。

                     (甲1,乙3,弁論の全趣旨)

 b 平成14年第1回市議会臨時会(同年3月27日)

  市長稲葉は,上記補正予算(第4回)を再議に付すことなく,平成14年第1回臨時会において,同月27日,本件繰越明許費部分を削除した平成13年度補正予算(第5回)を提出し,市議会は,これを可決した。

  市長稲葉は,上記補正予算(第5回)の提案理由として,上記補正予算(第4回)の否決(本件否決)について,平成14年度第1回定例会本会議においては再議に付す旨の発言をしていたものの,「議会での審議等を踏まえまして,議案の内容について再検討いたしました。その結果,再議には付さないこととし,繰越明許費並びに少年自然の家使用料関係と,それに伴う数字等を改めて提案させていただくことといたしました。」(甲17(平成14年3月27日開催に係る平成14年第1回市議会臨時会第1号議事録)の3頁),また,「再議に付すかどうかということも慎重に判断をしてまいりました。小金井市の財政計画,そして今の事務執行状況などを勘案して,再議に付さざるを得ないだろうという考えを持っておりました。その後,議会との議論などを再度確認し,さらに事務作業などを確認する中で,再議に付さず,議会の意思を尊重すべきだということ,これも慎重に判断させていただきました。」(甲17の7頁),そして,「第4回の補正が否決されたという部分は,すべてがこの部分だけではなく,幾つか問題があったのかなと判断をしております。市議選以来,議会の構成が変わったというのは痛いほど感じておりまして,この議決に至らずとも強く感じております。今後のことに関しては,議会のご理解をいただくよう最大限の努力をしていきたいと思いますし,平成14年度の一般会計予算は一部修正はありますけれども,可決していただいたという現実もありますので,議会のご理解を頂く努力をしながら進めてまいりたいと思っております。」(甲17の10頁)と説明している。

 また,同市の財政担当者(企画財政部長大久保伸親)も,上記補正予算(第5回)について,否決された平成13年度補正予算(第4回)と予算整理の考え方を同じにするも,市議会での審議等の経過を踏まえ,本件繰越明許費を削除した旨説明し(甲17の4頁),本件各契約@については精算払いをするのかどうかという質問に対しては,「結果的に,繰越明許の予算措置ができないということでございまして,ご質問者が言われているとおり13年度につきましては,そういう形の対応を考えているところでございます。14年度につきましては,現在,内部で検討中でざいまして,結論は出てございません。」(甲17の6頁)と答述している。

    なお,本件否決に伴い,同市は,公団との間で,平成13年度内に本件各契約@を変更のうえ,終了させた。

                              (甲17)

 エ 本件予算流用の経緯

  小金井市は,市長稲葉の指示の下,同月28日,公団に対し,本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)及び武蔵小金井駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)の各委託の見積りを依頼した。

  そして市長稲葉は,同年4月22日,公団の見積り結果を踏まえて,本件予算流用を行った。なお,上記見積りについて,担当部署である同市都市建設部開発課が作成した同日付け「平成14年度I会計歳出予算流用伺書」(甲6)には,本件予算流用を行う理由として,「当該委託料は,当初予算措置がなされていない。しかし,13年度予算繰越明許費の議案上程に対する議決不成立により急遽上記2件を都市基盤整備公団に業務委託することになった。なお,補正予算措置はしかるべき時期に行う予定」との記載がある。

                               (甲6)

 オ 本件支出命令及び本件支出等

   市長稲葉は,小金井市を代表して,同年5月14目,公団との間で,本件各契約Aをそれぞれ締結した。その後,市長稲葉は,同市を代表して,本件支出命令を行い,同市は,公団に対し,平成15年1月20目に本件図書作成業務委託料A690万9525円を,同年4月4目に本件まちづくり業務委託料  A683万0880円をそれぞれ支払った(本件支出)。

 

(3)ア 上記(2)の各事実及び証拠(甲17)によれば,平成14年第1回定例会において,本件繰越明許費ほかが計上された平成13年度補正予算(第4回)が否決されたのは,本件繰越明許費は認められないとされたためであり,その4日後に開催された平成14年第1回臨時会において,これを削除して新たに提出された平成13年度補正予算(第5回)は議会において可決され成立したこと,それにもかかわらず,市長である稲葉は,上記補正予算(第5回)が成立した翌日には公団に見積り依頼を出し,その1か月後には本件予算流用の手続をして,結局,本件支出命令を行ったものであることが認められる。

    したがって,これらの事実に照らせば,このような予算の流用を前提として行われた本件支出命令は,流用後の経費を,市議会がその実施を否定して予算から削除した本件各委託の費途に充てる目的でされたものであることが明らかであって違法であるといわざるを得ず,上記のような経緯に照らせば,市長である稲葉には,このような違法な本件支出命令を行うについて故意又は過失があったものと認められる。

  イ なお,被告は,本件予算流用及び本件支出命令の必要性を指摘し,また,従前の市議会の意思に照らせば,本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令が違法ではない旨主張するが,市議会が本件図書作成業務委託料@と本件まちづくり業務委託料@の繰越しを否定することによって,当該年度におけるこれらの業務委託料の支出を否定すべき意思を明らかにしていたのであるから,かかる議会の意思に反して行われた本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令を適法なものとして扱うことは,前記(1)に説示した,議会による予算統制を定めた地方自治法の趣旨を没却するものとして許されないというべきである。

 

2 争点(2)(本件予算流用等に対する市議会の追認の有無等)について

(1) 被告は,市議会が本件予算流用又は本件支出命令を追認している以上,それらの違法性は治癒された旨主張するため,まず,市議会が本件予算流用等を追認したものと認められるかどうかにつき検討する。

(2) 前記前提事実,前記1(2)の認定事実及び各項末尾に掲記の証拠等によれば,本件予算流用後の市議会における審議経過等について,次の各事実を認めることができる。

ア 平成14年第2回市議会定例会(平成14年6月5日から同月26日まで)

 小金井市は,平成14年6月に開催された平成14年第2回定例会において,本件予算流用によって不足が生じた「(款8)土木費」,「(項4)都市計画費」,「(目1)都市計画総務費」の中の「(節17)公有財産購入費工を補填するため,都市開発整備基金から本件各委託料A相当額の1374万1000円を繰り入れることを内容とする補正予算を提出したが,市議会は,これを否決した。

  また,市議会は,「市議会が否決した再開発事業予算を勝手に執行し,独断専行で契約を強行した稲葉市長の責任を問う決議」を可決した。

                     (当事者間に争いがない事実)

 イ 東京都知事は,都市計画法18条1項に基づき,同年9月17日,都市計画法 走を行った(乙11の資料17)。なお,上記計画の中に本件再開発事業が定められている。

 ウ 平成15年第1回市議会定例会(平成15年2月26日から同年3月26日まで)

  市長稲葉は,平成15年3月3日,本件地区計画を改正する条例案を提出した。上記条例案は@本件地区計画の対象区域(本件再開発事業の対象区域を含む。)と,A本件再開発事業とは関係ない小金井市梶野町3丁目の地区計画を条例化するものであり,上記各区域における建築物の建築を規制することを内容とするものであった。

  しかし,市議会議員より,同月25日,上記条例案のうち,上記@に係る部分を削除した内容の修正案が提出され,結局,当該修正案が可決された。

 また,市議会は,市長稲葉より提出された平成15年卒一般会計予算(以下「本件平成15年度当初予算」という。)のうち,本件再開発事業に要する経費等を削除し,結局,上記予算については暫定予算として可決した。

  なお,本件平成15年度当初には,「(款8)土木費」,「(項4)都市計画費」,「(目1)都市計画費」のうち,「市街地再開発事業等の事業に要する経費」(2億3692万6000円)の中で「(節19)負担金補助及び交付金」としてA「武蔵小金井駅南日第1地区第一種市街地再開発事業分担金」(2億0920万円),C「武蔵小金井駅南口第1地区第一種市街地再開発事業に係る公共施設整備負担金」(1200万円)が計上されており,上記科目のうちAは,小金井市が本件再開発事業等に関して公団に支払うべき分担金(都市計画法120条),Cも同じく公団に支払うべき負担金(同法121条)に充でるためにそれぞれ計上された。

                   (甲19,乙10,弁論の全趣旨)

 エ 平成15年第1回市議会臨時会(同年3月28日)

  市長稲葉は,地方自治法176条1慎頁に基づき,上記ウの修正案の議決につ き再議に付したところ,同年3月28日,上記議決につき法定数以上の同意に達しなかった。

                           (弁論の全趣旨)

 オ 平成15年第2回市議会臨時会(同年5月19日から同月27日まで)

  市議会は,市長稲葉提出に係る本件平成15年度当初予算を可決した。

 また,市長稲葉はb同年5月27日,再度,上記ウと同内容の条例案を提出したところ,市議会議員より上記@の点を削除した修正案が提出され,結局,当該修正案が可決された。

                   (甲26,乙10,弁論の全趣旨)

 カ 平成15年第2回市議会定例会(同年6月5日から同月26日まで)

 市長稲葉は,市議会が削除した上記@の点を含む,本件地区計画を条例化する内容の条例案(名称は「小金井市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例の一部を改正する条例」)を提出するも,市議会は,これを否決した。

                           (弁論の全趣旨)

 キ 平成15年第3回市議会定例会(同年9月4目から同月29日まで)

   市長稲葉は,上記カと同内容の条例案を提出するも,市議会は,これを否決した。

                       (甲28,弁論の全趣旨)

 ク 平成15年第4回市議会定例会(同年11月28日)

   市議会は,同年11月28日,本件各委託料Aを含む平成14年度小金井市一般会計歳出決算(以下「平成14年度決算」という。)を認定した(以下,この認定を「本件決算認定」という。なお,上記認定に付する際に市議会に提出された「平成14年度小金井市一般会計歳入歳出決算事項明細書」(乙17の2)には,本件予算流用が明記されている。)。

                         (乙17の1及び2)

 (3)ア 上記の各事実によれば,被告が指摘するとおり,@市議会は,(ア)「武蔵小金井駅南口第1地区第一種市街地再開発事業分担金」(2億0920万円),(イ)「武蔵小金井駅南口第1地区第一種市街地再開発事業に係る公共施設整備負担金」(1200万円)を含む本件平成15年度当初予算を可決しており,これらの分担金等は,都市計画決定に伴い,都市計画法上必要とされているものであること,また,A本件予算流・用を含む平成14年度決算が認定されていること(本件決算認定),がそれぞれ認められる。

   しかし,市議会が可決した本件平成15年度当初予算は,小金井市が都市計画法上公団に支払うべき分担金等についての経費を含むにすぎないのであって,直接,本件予算流用に伴う本件各委託料Aの支出を肯定又は追認する内容のものではないから,これをもって市議会が本件予算流用又は本件支出命令を追認したとみることは到底できない。

 イ むしろ,本件証拠上,市議会が本件予算流用又は本件支出命令について明示的にこれを許容する旨の決議等を行った事実は認められないのみならず,前記各事実及び証拠(甲18,25ないし29)によれば,@市議会は,本件予算流用の約2か月後に開催された平成14年第2回定例会において,本件予算流用による減少分を補填する内容の補正予算について否決するとともに,本件予算流用について市長の責任を問う旨の決議を行ったこと,A市議会は,本件再開発事業の対象区域について,建築規制を行うべく提出した条例案についてはいずれも否決したこと,B市議会は,本件再開発事業についてこれを問題視する内容の陳情をそれぞれ採択し(甲25ないし28),B同市議会議員24名中11名が平成15年12月16目付けで市議会に「(仮称)市民交流センター取得に関する覚書の締結中止と新たなまちづくり計画の立案を求める決議」案を提出し,その中で本件再開発事業についての見直しを求めていることが,それぞれ認められ,市議会は,本件否決前後を通じて一貫して本件予算流用を問題とする態度を示し,また,本件再開発事業のあり方についても疑問視し,あるいは見直しを求める態度を示しているものというべきである。

 ウ また,本件決算認定の点についても,上記認定の審議経過に加え,そもそも決算の認定(地方自治法96条3号)とは,議会が決算の内容を審査して,収入,支出が適法に行われたかどうかを確認するものにすぎず,その方法も決算全体について認定するか否かの方法で行い、一部につき認定し,一部については不認定とすることはできないものと解されていること,また,その認定の効力も,法的に執行機関の責任を免除するものとまでは解されないことに照らせば,本件決算認定をもって本件予算流用又は本件支出命令が追認されたとみる余地はないと解すべきである。

 (4)したがって,本件においては,市議会によって追認がされた事実は認め難いから,その効力について論ずるまでもなく,被告の上記主張には理由がない。

3 争点(3)(損害の有無)について

(1) 原告らは,小金井市は,本件支出命令によって支払われた本件各委託料A相当額の損害を被った旨主張する。

(2) しかし,小金井市は,本件各契約Aに基づいて,公団から,相当程度詳細な内容にわたる調査報告書等を受領しており(前記前提事実(4),乙11,18),これらの報告書等は,その後,本件再開発事業等について検討などをするに当たって利用されていることが窺われることからすれば,同市は,当該報告書等を受領することによって,本件各委託料Aに見合う成果物を得たものと認められる。

(3) ところで,原告らは,本件再開発事業は,地権者などの反対と小金井市の財政状況とに照らせば,その実施は不可能であって,本件各委託はその必要性がなかったものであり,公金減少を招いたこと自体をもって損害とみるべき旨主張する。

  しかし,同市の財政状況から本件再開発事業の実施が不可能であると認めるに足る証拠はなく,前記認定事実及び証拠(甲1,乙1の1及び2,乙2の1及び2,乙11ないし15)によれば,@JR中央本線について,連続立体交差事業として平成6年5月に都市計画決定されて以降,JR武蔵小金井駅南口周辺地区を再開発しようとの気運が高まり,周辺住民が小金井市及び公団に本件再開発事業を実施して欲しい旨の要請をし,平成14年3月以降も,同地区の地権者及び地権者から構成された団体から小金井市に対し本件再開発事業の早期実現を求める趣旨の要望書が提出されていること,A同市も地権者を含め市民に対し本件再開発事業についての説明会を開催し,あるいは広報誌等によりその概要を説明することによって,本件再開発事業についての理解を求めていること,B本件再開発事業については,東京都知事により都市計画決定され,本件地区計画についても審議会による承認が得られたこと,C本件再開発事業と併行して行われている住宅市街地整備総合支援事業の整備計画については,平成15年3月31日付けで国土交通大臣からの承認を得て,同年4月1目付けで本件再開発事業と併せて国庫補助金の内定が出ていること,D市議会においても,本件再開発事業に係る負担金等を含む予算については可決していることがそれぞれ認められる。また,地権者らや同市住民の意向についても,将来とも不変であるとは限らないから,現時点で本件再開発事業に反対している者が存在したとしても,それだけで,本件再開発事業が確定的に実施不可能なものであると断ずることはできない。

  そうであるとすれば,原告らが主張するように,本件再開発事業の実施は不可能であって,同市が公団から受領した前記報告書等が同市にとって不要なものであるということはできない。

(4) したがって,上記(3)のような事情の下において,公団から,本件各委託料Aに見合う成果物として前記報告書等を受領している以上,同市に本件各委託料A相当額の損害が発生したものと認めることは困難である。

 

4 結論

  以上の次第で,原告らの請求には理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条及び65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。

   東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官   市  村  陽  典

裁判官    丹  羽  敦  子

裁判官   寺  岡  洋  和






控     訴    状
 
2004(平成16)年5月11日
 
東 京 高 等 裁 判 所  御中
 
当事者  別紙当事者目録記載のとおり
 
控訴人ら訴訟代理人弁護士  小  林  克  信
     同        土  橋     実
     同        河  村     文
 
 
 公金支出差止等請求住民訴訟控訴事件
   訴訟物の価額950,000円
    貼用印紙額  8,200円  
 
 上記当事者間の東京地方裁判所平成15年(行ウ)第44号公金支出差止等請求住民訴訟事件について,平成16年4月28日言い渡された判決は全部不服であるから,控訴を提起する。
 
第1 原判決の表示
 <主文>
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
 
第2 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す
2 被告は,稲葉孝彦に対し,1,374万0,405円及び内690万9,525円については平成15年1月21日から支払い済みまで,内683万0,880円については同年4月5日から支払い済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を請求せよ
3 訴訟費用は,第一審,二審とも被控訴人の負担とする 
 
第3 控訴の理由
 控訴人らが,本訴の請求原因として主張する事実は原判決の(原告らの主張)欄適時のとおりであるが,原判決には事実誤認または法例解釈の違法があり取消を免れなものである。詳細は,追って準備書面にて主張する。
 
以上
当  事  者  目  録
 
(以下、省略)





平成16年(行コ)第189号
 控訴人  漢 人 明 子 外10名
 被控訴人  小金井市長
 
 
控  訴  理  由  書
 
                   2004(平成16)年  月  日
 
東京高等裁判所第19民事部 御中
 
控訴人ら訴訟代理人弁護士  小  林  克  信
     同        土  橋     実
     同        河  村     文
 
 
第1 議会の意思に反する支出そのものが損害
 
1 原審判決の重要論点に関する判断の脱漏

  原審判決は,損害の有無の判断において,「原告らが主張するように,本件再開発事業の実施は不可能であって,同市が公団から受領した前記報告書等が同市にとって不要なものであるということはできない」とした(原判決29頁)。
 しかし,控訴人(原告)らは,原審において,「本件再開発事業の実施は不可能」であるか否かの前に,そもそも議会意思に反する予算の支出そのものが損害であることを以下のように主張した。
 「当該予算の執行が市にとって『必要かつ有用』か否かは,市議会がこれを決することになる。したがって,市議会が否決した費途へ予算を流用・執行することは,市にとって必要性・有用性が認められないから,本件予算の流用・執行により公金が減少したこと自体が市の損害に該当するというべきである」(原告ら準備書面(4)10頁)
 すなわち,控訴人(原告)らの原審での主張は,本件再開発事業の実施が不可能というばかりでなく,その判断以前に,そもそも議会が市にとって不要と判断した事柄について,「議会の意思に反して」公金を支出して「公金減少を招いたこと自体をもって損害とみるべき」であるとの主張であった。
 原審判決では,控訴人(原告)らが主張した「議会が市にとって不要と判断した事柄について,議会の意思に反して公金を支出して『公金減少を招いたこと自体をもって損害とみるべき』」との重要な論点については,全く判断を行っておらず,判断を脱漏している。
 
2 住民訴訟制度の目的と損害について

 住民訴訟制度は,「財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであることから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって,執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に,住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができる点に,制度の本来の意義がある」とされている(最高裁昭和53年3月30日判決。民集32巻2号485頁)。
 地方財務行政の適正な運営の確保,違法の防止又は是正をはかることを目的とする住民訴訟制度の本来の意義からするならば,損害がないとの判断や損益相殺の適用は厳格になされるべきである。単に計算上対価性があれば損害がゼロになるとするならば,双務契約の場合には,何らかの対価性のある成果物が存在することになるため,住民訴訟の意義の大半が失われてしまう結果となるからである。
 そのため,損害の有無を判断する基準としては,@対価性だけでなく,A必要性,有用性が判断基準とされなければならない(原告ら準備書面(4)9頁)。原審判決も,「報告書等が同市にとって不要なものであるということはできない」(29頁)と判示していることからすると,損害の有無の判断基準として,A必要性,有用性を検討しているものと考えられる。しかし,この必要性,有用性が,あまりにも安易に認められすぎている。
 誰にとって必要であり,有用であるのか,それを判断するのは誰であるかが問われなければならない。とくに本件は,議会が不要として予算を認めなかったものに対し,市長は予算を流用して費用を捻出し支出したという事案である。議会の議決権無視という重大な違法性が,安易な「有用性」判断により治癒され,「議会の予算議決権を潜脱ないし無視して行われた支出行為が『結果オーライ』になってし」(原告ら準備書面(4)9頁記載の棟居論文35頁)まえば,議会の議決権を定めた法の趣旨は没却されるし,住民訴訟の存在意義も失われてしまうからである。棟居神戸大学助教授は,「住民訴訟の実務と判例」(ぎょうせい)336頁においても,「有用性は厳格に解すべきである。当該行為は偶々手続的瑕疵により違法であるが,行為の目的自体は既に議会の議決を経るなどにより確立された自治体の施策から見て正当である,などの場合にのみ『有用性』が認められ,控除がなされるべきであろうと思われる」と述べている。本件では,議会が,当該図書は不要であるとして明確に予算の執行を認めなかったのであるから,有用性は否定されるべきもののはずである。
 
3 有用性の判断は誰がするのか

 市にとって当該支出が「必要かつ有用」であるかは議会の予算議決権によって決定されるのであり,首長は議会の議決によって認められた予算を執行する権限を有しているにすぎない。
 例えば,本人が,必要ないと考えた図書を,本人が嫌だと言っているにもかかわらず,本人の財布から第三者が勝手に無理矢理資金を支出して購入した場合,その図書が客観的には価値あるものである以上,本人には損害がないと言えるのであろうか。本件は,まさにこの例えがあてはまる事案である。
 第三者から見れば,本人の意思次第で利用しうる余地があったとしても,本人がその図書を不要としている限り本人にとってその図書は無用の長物であり,図書購入費の支出は損害である。本人の意思に反して行った第三者の行為は違法であり,本人に対しては不法行為を構成する。その図書は,本人の意思に反して購入した第三者が取得すればよく,購入した第三者は,本人が受けた不要な本の取得費を本人に賠償すべきことは私人間では当然である。損益相殺の場合の「益」は,裁判所から見ても本人の意思に反しないと認められる限りでの客観的な利益のはずである。
 この場合,当該対価物の第三者から見た場合の客観的な価値,有用性などは問題ではない。敢えて誤解を恐れず述べるならば,本人である市にとって「必要かつ有用」とした議会の主観的な判断こそが重要であり,議会に「必要かつ有用」と判断されず予算化が認められないものは,市にとって,客観的に有用なものとは成り得ないのである。有用か否かの判断権は,議会が持っているのであり,この判断権は,極めて政治的なものであって,法的判断になじむものではなく,議会の幅広い裁量権の範囲に属するものである。
 本人である市にとって,不要かつ無用であると判断権限を有する議会が判断しているものを,議会の議決に基づき予算を執行するはずの市長がどうして本人である市にとって有用であるなどとすることが許されるのだろうか。
 原審は,議会の予算議決権,すなわち予算の「必要性,有用性」は誰が判断すべきかとの論点を検討せずに,安易に有用性を肯定した誤りを犯している。
 繰り返しになるが,自治体にとって当該予算が「必要かつ有用」であるか否かは,地方自治法により予算を決定する権限を付与されている議会が判断する事柄である。成果物が市にとって必要であり,有用な物として予算の支出をすべきか否かは,議会の裁量に属する事柄であって,司法の判断により左右されるべきものではない。首長は,議会が「必要かつ有用」と判断し定めた予算を執行できるにすぎない。従って,市議会が否決した費途へ予算を流用し執行すること自体が,もはや「必要性,有用性」が否定されているものへの支出なのであり,それが後に本人である市の意思を体現する議会の意思に反して,「必要性,有用性」が認められるなどということはありえない。そのようなことを認めるのは,議会の予算議決権を否定し,予算執行に対する民主的なコントロールを否定する結果になるのでとうてい許されない。
 
4 議会は本件支出の必要性・有用性を否定し続けている

 小金井市議会は,平成14年3月23日に,本件支出に関連した補正予算案を否決したが,その後も,原告ら準備書面(3)で述べたように,地区計画条例案や予算審議などを通じ,市議会は現行案のまま本件再開発事業を進めることを繰り返し否定している。
 本年3月26日にも,市議会は本件再開発関連予算を含む平成16年度一般会計当初予算案を否決し,同年5月27日及び7月27日の市議会においても,本件再開発関連予算を削除した修正予算案を可決し,本件再開発関連予算を全て否決している。
 このように,市議会は本件予算の流用・執行は,市にとって「不要かつ無用」であることを表明し続けており,市に損害があることは明白である。
 
第2 現行再開発計画・都市計画は変更不可避で各成果物は無用の長物である
 
1 はじめに

 すでに述べたように,議会の意思に反する支出自体を損害と解すべきであるが,仮に,支出自体が直ちに損害とはいえないとしても,本件再開発事業は現行計画のまま進めることがきわめて困難となっている現状において,本件流用によって作成した都市計画図書や報告書は,無用の長物となって,市に損害を与えている。なぜなら,仮に原審判決の認定のように「本件再開発事業の実施は不可能・・ということはできない」としても,「本件再開発事業の変更」と「都市計画の変更」は不可避であり,その変更に際しては,本件図書類は,再度作成し直さざるを得ないからである。
 
2 都市計画・事業計画の変更と図書の作成

(1) 都市計画図書について

 小金井市は,本件図書作成業務委託契約Aに基づき,金690万9525円を支払って都市計画図書(以下「本件図書」という。)5部を受領した。
 ところで,本件図書は,市街地再開発事業を行うために必要な都市計画の決定・変更に必要な図書である。つまり,市区町村が都市計画決定または変更を行う場合には,あらかじめ都道府県知事と協議し同意を得る必要があり(都市計画法21条,19条3項),地区計画等にあっては,@地区施設のうち道路(袋路状のものを除く。)で幅員8メートル以上のものの配置及び規模,A建築物等の用途の制限などが知事の同意事項とされている(同法施行令14条の2)が,都市計画図書は都道府県知事との協議に際して必要な図書と位置付けられている。
 したがって,事業計画を見直して都市計画を変更するには,都道府県知事との協議のために,新しい都市計画に沿った都市計画図書を改めて作成しなければならない。

(2) 報告書について
 小金井市は,本件まちづくり業務委託契約Aに基づき,金683万0880円を支払って,「住宅市街地整備総合支援事業整備計画調査報告書」及び「都市活力再生拠点整備事業街区整備計画調査報告書」各100部を受領した。
 これらの報告書は,いずれも再開発事業を推進する上で必要な国庫補助を得るのに利用されるもので,都市計画決定が前提となっている。前提たる都市計画が変更されれば,これに伴って各報告書も改めて作成しなければならない。また,各報告書は,現況調査とそれに基づく計画案であり,時が経過すればするほど,各報告書は,現況を反映しないものとなり,実質的に役立たないものとなるのである。
 
3 ますます不透明となった事業内容と採算性

 本件再開発事業の内容が不透明で,採算性についても問題があることは,原告ら準備書面(2)で述べたところであるが,その後にも,本件再開発計画の前提となる重要事項に関するさまざまな問題が浮上している。

(1) 本件再開発計画では,業務用ビルの保留床はJR東日本が買い取ることを前提にしているが,JR東日本はそもそも業務用ビルが共同ビルとなること自体に反対している。本件図書等の前提となっていた14階建てのJRビルは(乙18号証の2,49頁)は,本件図書作成後に,5階建てにしかできないことになった。したがって,5階以上の業務用ビルの保留床を売却して資金を捻出するという計画そのものが不可能となっている。

(2) 市の財政が危機的な状態にあることはすでに述べたとおりであるが,本件再開発事業を進めるにあたり,市は,歳入面に関し,引き続き地方交付税が毎年4.5%づつ伸びていくことを前提に財政見通しを建てていた。本件図書等の作成は,このような市の財政見通しを前提に行われている。しかし,平成15年度予算で当初予定した4億8000万円の地方交付税は不交付となり,平成16年度も地方交付税は不交付となっており,本件図書等の作成の前提が崩れている。
 このように,現行の再開発事業計画はその前提自体が大きく崩れ,再開発事業計画の変更が不可避な状況となっている。
 
4 地権者らの反対

(1)都市計画道路上の鈴木ビル,大嶋ビル

 本件再開発事業第1地区の有力な地権者である訴外鈴木兼綱,同大嶋孝治らは,1985(昭和60)年ころから,武蔵小金井駅南口再開発の推進活動に携わってきた。訴外鈴木は「武蔵小金井駅南口第1ブロック街づくり推進会」(以下「推進会」という。)の会長,訴外大嶋は同専務理事として,地権者の中で中心的な役割を果たしていた。訴外鈴木らは,公団に地権者の意向も尊重するように何度も申し入れ,公団との間で,公団は推進会の意向をとりいれた再開発計画案を作成するという約束を取り付けていた。
 ところが,平成13年7月末ころ,公団は,推進会との約束を一方的に反故にして,突然に公団作成の再開発計画案を発表した。訴外鈴木らは,公団や市が,地権者らの意向を無視して強引に作成した再開発事業計画案には協力しない旨を明確にし,推進会を脱退した(甲22号証の1)。

 @ 大嶋ビル
  訴外大嶋は,市や公団が進める事業計画案に反対との立場から,2001(平成13)年9月に,本件再開発事業第1地区内でマンションの建築工事に着手し,平成14年6月には再開発事業地区内に4階建てのマンションを完成させた(甲15号証写真@,A)。このマンションは,市の計画する区画道路3号上に位置している(甲16号証)。

 A 鈴木ビル
  訴外鈴木も,同様の立場から,都市計画決定前の2002(平成14)年4月ころ,本件再開発事業第1地区内に新たなビル建築工事に着手し,2003(平成15)年1月には4階建てのビルが完成している(甲15号証B,C,甲21号証)。このビルは,市の計画する大店舗ビル予定地上に位置し,区画道路4号線の拡張部分の一部ともなっている(甲16号証)。

(2)多数の地権者の反対

 現在,国土交通省に対し,事業計画認可に反対する意見書が合計29通も提出されている(甲23号証の1,2)。事業認可に反対する意見書が,権利者の半数から提出されたということは,まさに前代未聞の出来事である。
 これらの反対意見の内容は,現行の計画では権利変換後の地権者の床面積が約60%も減少することになっているが,これでは現状と同規模の営業・生活を続けることは極めて困難であるとか,現行の計画では南口駅前にバスロータリー,駅前広場(フェスティバルコート)と公共施設((仮称)市民交流センター)が建設されることになっているが,活気あるまちづくりの観点から駅前は「商業」または「業務」用地とすべきであり,公共施設の駅前への設置は再検討すべきであるなどである(甲22号証の1,2)。いずれの意見も,現行の再開発計画全体の抜本的見直しを迫るものでる。
 
5 まとめ

  以上のように,本件再開発事業は,その事業内容や採算性が不明確であるだけでなく,現行の再開発計画に強固に反対している有力地権者のビルが都市計画道路上に存在し,また,多数の地権者が再開発計画の抜本的見直しを求めている。このような現状に照らせば,JR武蔵小金井駅南口の再開発を実現するには,本件再開発事業の内容と都市計画の変更は不可避である。
 そして,都市計画を変更するためには,必要図書も作り直すさなければならないから,結局,本件で納品された必要図書(本件成果物)は全く無駄なものになる。また,本件まちづくり業務委託契約Aによる各報告書も,現行都市計画決定を前提に,各整備計画の承認を得て国庫補助を得るために作成されたものであるから,都市計画決定自体が変更となれば,これらの報告書もあらためて作成し直さざるを得ず,無駄なものとなる。
 このような都市計画の変更不可避という状況は,地権者・市民の合意もなく,財政の見通しもないまま,都市計画決定は時期尚早であるとの議会の判断を無視して予算を流用し,強引に都市計画決定を得てしまった市長の姿勢がもたらした産物に他ならない。小金井市では,本件以外にも,東小金井駅区画整理事業が,地権者の十分な合意形成がなされなかったために,計画が行き詰まり,事業全体の見直しが現在行われているのである(甲12号証)。このような計画変更が不可避な状況において,無用となる都市計画必要図書及び報告書への予算流用・支出が,市に損害を与えるものであることは明らかである。
               以 上






平成16年(行コ)第189号
 控訴人  漢 人 明 子 外10名
 被控訴人  小金井市長
2004(平成16)年10月21日
 
東京高等裁判所第19民事部 御中
 
準  備  書  面  (1)
 
控訴人ら訴訟代理人弁護士  小  林  克  信
同        土  橋     実
同        河  村     文
 
第1 議会の予算議決権・長の予算執行権と地方公共団体の損害
 
1 憲法上の地方公共団体における議会の地位
 地方自治制度は,明治憲法には規定されておらず,日本国憲法において初めて第8章に「地方自治」の章が設けられた。第二次大戦後,新憲法の制定に際して,地方自治は,民主主義の学校の役割が期待され,憲法上の根拠を与えられ,憲法上の制度として保障されることになったのである。
 憲法92条は,「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基いて,法律でこれを定める」と規定している。「地方自治の本旨」とは,地方公共団体が自律権を有する(団体自治)とともにその支配意思の形成に住民が参加すること(住民自治)を内容とするものとされている。従って,法律(地方自治法)の内容はもちろん,その解釈,運用に際しても,前記の「地方自治の本旨」にできるだけ合致するようになされなければならない。
 さらに憲法93条は,「地方公共団体には,法律の定めるところにより,その議事機関として議会を設置する。」と規定している。この「議事機関」とは,その地方公共団体の意志を決定する機関を意味する(注釈日本国憲法等)。従って,本件に関して言うならば,憲法93条は,自治体の事業等に対する当該支出及びそれによる成果物が,当該地方公共団体にとって,最終的に必要有益なものであるのか否か,予算の支出に値するものか否かという地方自治体としての意志を決定をする機関が,地方公共団体における議会であることを規定していると解することができる。
 
2 地方自治法上の議会の役割
 議会の権限は,地方自治法96条から100条が一般的に定める(議決権96条,選挙権97条1項,事務に関する監査権・調査権等98条から100条)ほか,長の不信任議決権(178条)がある。議会の権限で最重要なものは議決権であるが,そのほか調査権等を通じて,長を始めとする執行機関の業務の監視機能を果たす大きな役割が,地方自治法上において議会に期待されている。
 議決権の中で,地方自治法によって議決が義務付けられている必要的議決権(96条1項)には,条例制定権を別にすれば,歳出・歳入・財産の管理等財政に関するものが多く占めており,これは国の場合には憲法83条以下の財政関係規定及び財政法3条等に定められている財政民主主義の要請に基づくものである。とりわけ,予算の審議議決が国会の権限とされている(憲法86条)ことの対比から,地方公共団体の議会の議決権の中で,予算に関する議決権は極めて重要な権限である。さらに,地方公共団体の場合には,「住民訴訟」の制度の存在からも,住民による財産の「信託」という考え方の要素が強く,財政に対する民主的コントロールの要請には(国の場合にも増して)強いものがある。(藤田宙靖著「行政組織法(新版)」253頁)。
 このような地方自治法の構造からすれば,議会の予算修正権を無視する行為は,極めて重大な違法であり,安易に違法な結果を容認することは許されない。
 
3 違法な結果を容認することによりもたらされる重大な影響 
(1)住民訴訟の制度的意義
   住民訴訟制度の意義については,@住民の直接参政の手段,A地方公共の利益の擁護,B財務会計の運営に対する司法統制の3点に要約され,@とAの制度的意義は,究極的にはBの「財務会計事項」の違法を裁判で争うことを通じて実現される(「新地方自治法講座5」12頁,182頁)。従って,住民訴訟制度の存在意義は,Bの司法統制が十分になされるか否かによって決定付けられているのである。もしも,司法判断において違法な結果が損害がないとして安易に容認されるならば,執行機関のやり得くになってしまい,違法な財務会計上の行為を予防・是正し,もって財務会計の適正な運営を確保しようとする法の趣旨が没却されてしまう結果となる。
(2)法の予定する議会と長との権限枠組み(統治構造)の破壊
 本件は,通常の住民訴訟において問題とされている法律に違反する財務会計行為の問題だけではない。本件において,損害がないとして違法な行為の結果を許容するならば,議会の明確な意思に反してなされた長による予算の流用という憲法及び地方自治法が規定した議会と長との権限の対抗関係,議会の予算統制を通じて財政に対する民主的コントロールを確保するという地方自治制度の仕組みそれ自体を破壊する結果を容認することになる。
   東京高裁平成15年12月10日判決が,「議会が当該事業の実施を否定して予算案から全額削除した事業の費途に充てることを目的とする予算の流用は,議会の予算修正権を有名無実化し,議会による予算統制を定める地方自治法の趣旨を実質的に没却し,濫用するものにほかならず,違法であると解するのが相当である」とし(14頁),「本件においては,本件支出負担行為等により市の公金が減少したこと自体が損害であり,その支出額が損害の額となる」(16頁)と判断して,執行機関のやり得くを許さなかったのは,憲法と地方自治法の趣旨に従がって議会と長との権限の対抗関係を踏まえ,住民訴訟制度の存在理由を重視し,司法に求められている役割を正当に果たしたものと言える。
   原審判決は,議会の意思を無視した本件における予算の流用を違法としながら,損害がないとして執行機関のやり得を許し,法の予定する執行機関に対する議会による予算統制,財政民主主義の要請を否定する結果を容認してしまっている。地方公共団体の意志を決定する機関である議会が不要なものと考えたものについて,どうして当該地方公共団体にとって価値があり,損害がないと認定できるのだろうか。原審判決は,議会の予算議決権を考慮しないまま地方公共団体の損害の有無について論じたため,判断を誤ったのである。
 
第2 控訴答弁書に対する反論
 
1 被控訴人の主張は誤りである
 被控訴人は,市議会は平成14年度中の都市計画決定がなされることを認め,都市計画決定に必須の「図書作成業務」,「まちづくり業務」の平成14年度中の執行を許容していたと主張するが,議会がこれら費用の支出を認めたことはない。
(1)まず,被控訴人らが主張する前提事実(2頁)は,自己に都合のよい事実だけを取り上げた恣意的なものである。本件の主な事実経過は訴状や控訴人らの原審準備書面(2)などで詳しく述べたが,今一度整理するとつぎのとおりである。なお,主な経過は別紙経過一覧表記載のとおりである。
 平成13年3月2日,図書作成業務(その1)及びまちづくり委託業務(その1)を含む平成13年度一般会計予算が可決成立したが,その直後に市議会議員選挙が行われ,市の推進しようとする再開発計画に反対する議員が多数となった。
 本件再開発事業については,駅周辺整備調査特別委員会で審議が続けられ,事業の内容が不明確で問題点が多数浮かび上がってきた。同年6月13日には,市議会で「武蔵小金井駅南口再開発第2地区庁舎建設案の撤回と,市民が納得できる新庁舎計画を求める決議」が採択された。また,同年8月には,地権者らが組織する武蔵小金井駅南口第1ブロックまちづくり推進会が解散している。
 同年8月14日,市は図書作成業務(その1)の委託契約を締結したが,その直後の9月には,有力地権者の一人が再開発計画の道路予定地上にマンションの建設に着手する事態となった。
 同年9月25日には,市議会において「議会の多数意思を無視し武蔵小金井駅南口再開発事業予定地(第2地区)への庁舎建設計画を強行する稲葉市長の責任を問うとともに,同計画の即時撤回を求める決議」が採択された。翌26日には,市議会において「武蔵小金井駅南口再開発事業について情報公開を求める決議」が採択されている。
 しかしながら,こうした議会の決議を無視し,市は,同年12月19日,まちづくり業務委託契約(その1)を締結した。
 こうした経過から,市議会は,平成14年3月23日,本件予算の繰越を含む補正予算案を否決したのである。
(2)被控訴人は,平成14年度一般会計予算に,都市計画決定後に執行することを前提とする再開発用地取得費が含まれていたことを根拠に,市議会は,同年度中に「図書作成業務」,「まちづくり業務」の予算執行を許容していたと主張するが,全く恣意的な主張である。
 本件再開発をめぐり市議会には様々な意見はあるが,市議会は再開発そのものを否定しているわけではない。市議会は,市が特定の地権者の立場を優先し市民の声を無視した再開発計画を進めようとしていること,市が進めようとする再開発計画内容が不明確である上,議会の情報公開要求にも応じていないこと,市が進める再開発計画では市の財政が破綻してしまうこと,多数の地権者が市の計画に反対し再開発計画道路上にマンションの建設をはじめた地権者も出ていることなどを踏まえ,市議会は再開発計画の見直しを求めてきた。
 しかし,市はあくまでも強引に従来の都市計画決定を進めようとするため,市議会は,市の再開発計画案を前提とする都市計画決定に反対し,補正予算を否決したのである。
 したがって,市議会が,「図書作成業務」や「まちづくり業務」の予算執行を許容していたとの被控訴人の主張は,牽強付会以外のなにものでもない。
 
2 被控訴人に責任があることは明白
 被控訴人は,事故繰越として処理することも可能であったとか,市議会の意思が「本2件の委託業務の必要性そのものを否定」あるいは「長の執行権の行使を全く否定」しているとまでは判断することは出来なかったなどと種々弁解し,市長が本件財務会計行為を行ったことにつき,故意,過失があったとはいえないなどと主張するので,念のため反論を行うことにする。
(1)まず,被告訴人は繰越明許手続を行ない議会の承認を得られなかったのであるから,事故繰越として処理することも可能であったなどと仮定の議論を持ち出すこと自体全く理解に苦しむ。
 そもそも,事故繰越(法220条3項)は,避けがたい事故のため年度内に支出が終わらなかった場合,翌年度に繰り越して使用することを認める制度であるが,「避けがたい事故」とは,不可避的な天災等の自然災害などを指すにすぎず,本件は事故繰越による措置が認められるような事案などではあり得ない。また,事故繰越が認められる場合は,議会の黙認が当然に予想される場合であって,議会の明確な意思に反して,事故繰越が認められる訳ではない。
(2)また,本件予算執行に関し,被控訴人に少なくとも過失があったことは,控訴人らの原審準備書面(2)17頁以降で指摘したことからも明らかである。
 加えて,平成13年3月27日,繰越明許部分を削除した平成13年度一般会計補正予算(第5回)の採決に先立つ討論において,被控訴人は,控訴人井上から「賛成にあたってもう一つは,新年度予算で予算がないのに,予備費などから安易に流用して執行することのないよう,特に注文をつけて賛成といたします。」と指摘を受け,控訴人青木からも「新年度市長はこの再開発事業,都市計画決定に向けての予算を安易な補正や流用で執行することを現に慎んでいただきたいと考えます。補正予算の否決を好機として,本当に小金井市らしいまちづくりを市民の参加と合意のもとで進めるよう,手法の選択を含め,根本的に考え直していただけるよう強く求め,本修正予算に賛成をいたします。」と指摘を受けていた。
 したがって,被控訴人に,故意・過失がないなどということはあり得ない。
 
3 被控訴人が援用する判決は本件とは無関係
 被控訴人は,京都地裁昭和59年9月18日判決や最高裁平成15年7月11日判決を用いて,本件流用措置が違法であっても損害は発生しない旨を主張する。
 しかしこれらの事件は,いずれも議会が予算の流用や支出行為そのものを認めている事案である。市長が議会の予算審議権を侵害して予算を執行した本件とは事案を全く異にしており,被告の主張は失当である。
 既に述べたとおり,事業等に対する公金支出及びそれによる成果物の取得が必要・有益なものであるのか否かを判断し,地方自治体としての最終意思を決定するのは,議会である。本件では,市議会が図書作成業務及びまちづくり業務の継続は不要と判断して予算の繰越しを否決している以上,これらの事業への公金支出は市にとって不要な支出といわざるを得ない。
 よって,本件においては,本件支出負担行為等により市の公金が減少したこと自体が損害であり,その支出額が損害の額となる。
以上






平成16年(行コ)第189号
 控訴人  漢 人 明 子 外10名
 被控訴人  小金井市長
2004(平成16)年10月21日
 
東京高等裁判所第19民事部 御中
 
準  備  書  面  (2)
 
控訴人ら訴訟代理人弁護士  小  林  克  信
同        土  橋     実
同        河  村     文
 
 
 被控訴人は,本件各予算の執行について,議会はその有用性を認めているとして「市街地再開発等の事業に要する費用」(1億8466万3千円)を含む平成16年度予算が可決されたことを指摘しているので(被控訴人準備書面1の3頁),以下この点について念のため反論を行う。
 本件再開発事業費を含む平成16年度一般会計予算は,市議会の反対から三度にわたり否決され,市では一般会計予算について暫定予算を組まざるを得ないという異常事態になっていた。
 平成16年9月に開催された市議会定例会において,被控訴人は本件再開発事業費を含む一般会計予算(以下「原案」という。)を提案したが,市議会は本件再開発事業費を除いた修正案を提出し可決した。被控訴人はこれを不服として再議を求めたため,修正案は再議に必要な出席議員の3分の2の賛成が得られず否決となった。
 その後,あらためて原案について採択がなされた折,暫定予算がこれ以上続けば市民生活に支障をきたすとして,当初原案に反対した市議会議員3名が棄権したため,本件再開発事業費を含む一般会計予算(原案)が可決された。しかし,市議会では,同時に当初から原案に賛成していた与党の議員も含め,本件再開発関連予算の年度内執行の凍結を求める付帯決議案を採択した。
 したがって,本件再開発事業費を含む平成16年度一般会計予算が可決されたことをもって,議会が図書作成事業費(その2)及びまちづくり委託業務(その2)の支出について有用性を認めていたとの主張は誤りである。
                                  以上





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平成16年12月21日判決言い渡し
同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(行コ)第189号
判    決

主    文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由


-------- 以下、一部抜粋 --------

第3 当裁判所の判断
 2 本件予算流用の違法性の有無について
 より 

「これらの事実に照らせば、本件予算流用は、流用後の経費を、市議会がその実施を否定して予算から削除した本件各委託の費途に充てる目的でされたことが明らかであって、違法であると言わざるをえず、また、市長である稲葉には、このような違法な支出命令を行うについて、故意又は過失があったものと認められる。」

「また、上記の事実に加え、地方公共団体の長が、予算流用の方法を用いて、普通地方公共団体の経費を、議会が当該事業の実施を否定して予算から削除した事業の費途に充てることを目的とする予算執行は、議会に与えられた予算議決権を一部空洞化させ、議会による予算統制を定めた地方自治法の趣旨に反するものである。これらを考慮すれば、いかに市長稲葉が、平成14年10月の都市計画決定に間に合わせる必要があるなど現実の情勢に合わせた予算執行をする必要があったからといって、それが地方自治法が定める長の権限(予算調整権)の範囲に含まれるとはいえない。」







平成16年(行ノ)第275号
申立人 漢 人 明 子 外10名
相手方 小金井市長
2005(平成17)年2月22日
 
上告受理申立理由書
 
 
 最高裁判所  御 中
 
 
申立人ら代理人弁護士  小  林  克  信
同       土  橋     実
同       河  村     文
 
 
 
第1 原判決の判断内容とその誤りについて
 
 原判決は,本件の損害の有無に関し,「地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟において住民が執行機関に対して行使を求める損害賠償請求は,私法上の損害賠償請求と異なるところはないというべきである。そうすると,損害の有無及びその額については,そのような私法上の観点から判断されるべきであり,また,損益相殺が問題となる場合はこれを行った上で損害の有無等を確定すべきものである。市議会の意思に反する支出であるというだけで,公金の支出が直ちに損害となるとはいえない。」(18〜19頁),「…財務会計上の行為により普通地方公共団体に損失が生じた反面,その行為の結果,その地方公共団体が利益を得,あるいは支出を免れたといえるか否かは,当該地方公共団体が実施すべき事務や事業との関係で客観的に判断されるべきものと解される。議会が否決した費途への支出であるというだけで,それが直ちに必要性,有用性を欠き,地方公共団体の利益にならないとはいえない。」(20頁)と判示した。
 しかしながら,原判決には,@住民訴訟の意義・目的について判断した最高裁昭和38年3月12日判決(民集17巻2号318頁。以下「昭和38年最判」という。)及び最高裁昭和53年3月30日判決(民集32巻2号485頁。以下「昭和53年最判」という。)と相反すること,A議会の議決権と地方公共団体の意思に関して規定した地方自治法96条,同法138条の2の解釈について誤りがある上,議会の議決権と地方公共団体の意思・損害に関し判示した東京高裁平成12年12月26日判決(判例地方自治220号33頁以下)及び東京高裁平成15年12月10日判決(判例時報1849号37頁以下)と相反する判断が存在する。以下,@,Aについて詳述する。
 
第2 損害補填に関する住民訴訟の特殊な目的及び性格
 
1 原判決の問題点
 
 原判決は,住民訴訟において住民が執行機関に対して行使を求める損害賠償請求権が,「民法その他私法上の損害賠償請求権と異なるところはない」として,「損害の有無及びその額については,そのような私法上の観点から判断されるべき」であるとする。このような高裁判決の考え方は,損害補填に関する住民訴訟の特殊な目的及び性格を全く無視するものである。住民訴訟の存在意義・制度趣旨からするならば,損害の有無について,私法上の観点から「だけで」判断すべきものではない。
 
2 住民訴訟の存在意義
 
(1) 昭和38年最判は,住民訴訟の存在意義に関し,「いわゆる納税訴訟は,普通地方公共団体の住民の手によって地方自治運営の腐敗を防止矯正し,その公正を確保するために認められた住民の参政措置の一環をなすもの」と判示した。また,昭和53年最判は,住民訴訟の意義・目的について,「財務会計上の違法な行為…が,究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財政行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって,…その訴訟の原告は,…いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものである」とし,「住民全体の受けるべき利益は,その性質上,勝訴判決によって地方公共団体が直接に受ける利益すなわち請求に係る賠償額と同一ではありえず」として,通常の私法上の代位訴訟とは異なるものとして把握すべきであるとする。
 
(2) 昭和53年最判の判例解説143頁は,「住民訴訟制度は,『代表的民主主義の方式による地方行政の運営が地方住民の意思に反して恣意,独断に陥った場合のごとき,地方住民に,直接,その意思を表明する手段をもたせ,これによって代表的民主主義に伴う欠陥を是正することは,極めて必要である』(田中二郎新版行政法中巻全訂2版)との見地から,直接請求(地自法12条,13条)及び住民投票(同法261条)の制度などと並ぶ住民参政の手段の一種として認められたもので,『住民としての地位に基づく訴権を行使し,裁判権の発動を促すことによって違法な財務会計行政の管理,運営を防止,匡正し,もって行政運営を地方公共の利益と住民の利益に合致するようにしむけるという特別な方法で自治政の運営に参与するもの』(成田頼明・行政法講座3巻)である」と述べている。
 
(3) 住民訴訟の本質を,前記最高裁判決のように「住民全体の利益のために認められた住民自身の権利としての違法是正請求権」(同判例解説144頁)として捉え,「地方財政行政の適正な運営を確保することを目的」とし,違法行為の是正を制度の重要な要素として考えるならば,損害の有無の判断に関しても,「違法是正」の観点から検討されるべきである。原判決のように,単なる「民法その他私法上の損害賠償請求権と異なるところはない」との考えは,制度の趣旨を無視するもので誤りといわなければならない。議会の予算修正権という地方自治の本旨に関わる議会の権限を無視した長の行為が結論的に放置されることを許すことは「地方財政行政の適正な運営を確保することを目的とした」住民訴訟の制度の趣旨に反するものであり,地方自治における議会の重要性を考慮するならば,本件のような議会の意思を無視した予算の支出はそれ自体が損害と考えられるべきである。
                                   
第3 議会の議決権と地方公共団体の意思
 
1 原判決の問題点
 
 原判決は,「市議会の意思に反する支出であるというだけで,公金の支出が直ちに損害となるとはいえない。」(19頁),「議会が否決した費途への支出であるというだけで,それが直ちに必要性,有用性を欠き,地方公共団体の利益にならないとはいえない。」(20頁)と判示したが,原判決の判示内容は,地方公共団体の意思と議会の議決権との関係を等閑視したもので,議会の議決権を定めた地方自治法96条,執行機関の義務について規定した同法138条の2の解釈を誤ったと言わざるを得ない。以下,この点について述べる。
 
2 議決事項につき地方公共団体の意思を決定するのは議会
 
 地方自治法96条1項は,15項目について議会の議決事項を定めているが,議会の議決権は議会の権限中もっとも基本的であり,個々に列挙された事項については,議会の議決が地方公共団体の意思を決定するのである(新版逐条地方自治法<第1次改訂版> 318〜320頁。本書面末尾に添付)。同項2号は「予算を定めること」を議決事項としており,予算には歳入歳出予算のほか繰越明許費も含まれる(同法215条3号)。そして,普通地方公共団体の長その他の執行機関は,予算その他の議会の議決に基づく事務を,誠実に管理し及び執行する義務を負っているのである(法138条の2)。
 したがって,本件についていえば,議会が繰越明許費を計上した補正予算案を否決したことで,小金井市は繰越明許費に計上された本件各支出は不要と判断したのであり,市長は議会が否決した費途に予算を執行する権限を有しないことになる。しかるに,市長は議会の議決を無視して予算を流用・執行したのであるから,市長の行為は小金井市に対する関係では無権代理人の本人に対する責任に関する議論があてはまる。
 
3 議会の議決を欠く契約の締結と地方自治体の損害について
 
(1) 地方自治法質疑応答集(自治省行政局行政課内地方自治制度研究会編477〜478頁。本書面末尾に添付)は,「議会の議決を欠く請負契約と工事代金の支払い」について,「A市のB市長が建築業者Cと市立体育館の建築請負契約を締結したが,条例で必要とされている議会の議決を得ていなかった場合,A市は建築業者Cが完成させた市立体育館の工事代金の支払いに応ずるべきか」という設例をもとに次のように述べている。
 
(2) まず「議会の議決を要することとされている契約について,議会の議決を経ないでこれを締結することは,違法」であり,長の行為は無権代理行為となるとしている。そして,無権代理行為の場合,「CはBに対して代金支払を請求することができるが,A市に対しては請求することはできない。そして,体育館は,A市の所有物にはならず,C(Bが個人的に代金を支払えばB)の所有となるのであり,A市の不当利得の問題は生じない。後は,その体育館を市がC(またはB)から買い取ることができるかという問題になる。」としている。
 
(3) 次に,上記事例おいて,「契約の相手方の信頼を保護する見地から,表見代理の法理の適用が問題」となる場合については次のように述べている。
 「Bの行為が表見代理行為であると認められる場合は,Bの行為はA市の行為としての効果を生ずるから,A市はCが工事を完成した場合には,体育館の所有権を取得するかわりに,代金を支払わなければならない」。しかし,表見代理が成立した場合にA市がB市長に損害賠償請求できるか否かについては,「もちろん,A市は,Bが違法な支出負担行為をしてA市に損害を与えたことについて,地方自治法第243条の2により,Bに対して損害賠償の請求をすることができる。」とする。
 すなわち,表見代理が成立する場合にも,議会の議決を得ていない(つまりA市の意思に反している)以上は,Bが違法な支出負担行為をしてA市に損害を与えたことに変わりはなく,A市はB市長に損害賠償を請求することができることになる。
 
4 議会が否決した費途へ予算を流用・執行した場合について
 
 上記の質疑応答集の考え方は議決を要する契約締結の事案であるが,議会が否決した費途へ予算を流用・執行した場合にも同様にあてはまる。以下,本件において小金井市に損害が発生していることについて,次の事例をもとに論証することにする。
 
(1) 事例は,「本人は木造純和風の建物を建てようと考え,代理人に設計契約の締結と代金の支払を依頼し金銭を預けていたところ,代理人は本人の意思に反し近代的なビルの設計契約を締結し,図面が完成したので代金を支払った。」として考えてみる。
 この事例の場合,本人は代理人に,木造純和風建物の設計契約の締結と代金支払権限を与えたのであり,代理人は近代的なビルの設計契約を締結する権限を有しないからこの契約は無権代理行為となり,追認がない限りその効果が本人に帰属することはない(民法113条)。この事例の場合,質疑応答集の設例と異なるのは,代理人は預かっていた金銭をすでに支払ってしまっていることである。代理人が代金を支払っているので,本人は代金相当額の損害を被っているから,本人は無権代理人に対し不法行為等に基づく損害賠償請求権を取得する。
 次に,代理人は設計契約締結に関する権限を有していたから,表見代理が成立する場合を考えてみる。
 表見代理が成立する場合,本人は設計者に対し設計契約の無効を主張できず設計契約の効果は本人に及ぶから,本人は設計図面を受け取り代金を支払う義務を負う。しかし,本人は木造純和風建物の建築を計画していたのであるから,この設計図面は本人にとっては不要なものであり,本人は望みもしない近代的なビルの設計図面を無理矢理押しつけられるいわれはない。仮にビルの設計図面で建築確認が下りたとしても,そのことを希望しない本人に損害がないとすることはできないはずである。この場合重要なことは,近代的ビルの設計図面が本人の意思に反しているということであり,第三者から見てこの設計図面が有用と見えるか否かは本人にとっては無関係である。この事例の場合,近代的ビルの設計図が,仮に本人の居住には適していて有用であると第三者からは考えられたとしても,木造純和風建物の設計を考えていた本人には本来無用なものであり,代金相当額の損害が発生しており,本人は代理人に損害賠償請求をなし得ることは明らかである。
 
(2) 上記事例をもとに本件を考えると次のようになる。
 本件は,小金井市(本人)は武蔵小金井駅南口の再開発を計画しているものの,再開発の内容については議論が百出していて意見の一致をみないでいるところ,市長は自己の計画案(先の事例では近代的なビルの設計)を強引に推し進めようとしたが,議会(本人の意思決定機関)は市長(代理人)の計画案に反対しており,市長の計画案に必要な図書類の作成に必要な補正予算を否決した。ところが,市長は,本人の意思に反し,あくまでも自己の計画案を強引に進めようと考え,予算を流用・執行し代金を支払ってしまったということである。
 すなわち,市の意思決定機関である議会が本件補正予算案を否決したことにより,本件図書が小金井市にとって不要なものであると宣言し,認定したのである。本件で表見代理が成立したとしても,市の意思決定機関である議会が本件各契約に基づく図書類を不要とした以上,小金井市は不要なものを無理矢理押しつけられるいわれはない。この図面により再開発の認可がおりたとしても,先の建築確認の例と同じく,本人が意図したものでない以上,本人に損害がないとすることはできないはずである。本人の意思に反する場合の損害の判断と単なる手続き上の法律違反の場合の損害の判断は異なるのである。本件の場合,契約を締結した市長が成果物を引き取り,代金相当額を市に賠償すべきなのである。市が本当に図書類を有益なものと考えたのであれば,市長の行為を議会が追認すればよい。追認がない以上,本件図書類が,市にとって不要なものであり,小金井市の立場として損害が発生していると考えなければならないはずである。
 
5 議会の議決が普通地方公共団体の損害の有無を決するとした裁判例
 
(1) 東京高裁平成12年12月26日判決(平成12年(行コ)第269号。判例地方自治220号33頁以下)は,納税貯蓄組合に対する補助金交付が違法であるとして町長に対し損害賠償を求める住民訴訟が提起されたのち,町議会が地方自治法96条1項10号に基づいて町長に対する同損害賠償請求債権を放棄した事案に関し,「…地方自治法96条1項10号は議会の議決事項として,『法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること』と規定し,法令や条例の定めがある場合を除いて,広く一般的に地方公共団体の権利放棄については,執行機関である地方公共団体の長ではなく,議会の議決によるべきものとしているところ,本件補助金の交付の違法を原因とする損害賠償請求権の放棄については,法令又は条例になんら特別の定めはないのであるから,仮に本件補助金の交付が違法であって,鋸南町が亡富永に対して損害賠償請求権を取得したとしても,右損害賠償請求権は,本件権利の放棄の議決により消滅したものというほかなはい。」,「…議会は,住民訴訟の住民の勝訴判決が確定した後において,右勝訴判決にかかる権利を放棄することを妨げられるべき理由はない。」と判示した。
 上記判決は,第三者からみた場合,地方公共団体に損害が発生していたと認められる事案(第一審の千葉地裁は鋸南町の損害を認定し損害の賠償を命じている)であっても,議会が地方公共団体の意思を決するのであるから,議会が権利を放棄する議決を行った以上,地方公共団体の損害は存在しないとしたものである。
 
(2) 次に,東京高裁平成15年12月10日判決(平成14年(行コ)第235号。判例時報1849号37頁以下)も,「確かに,上記各請負工事契約に基づく工事は,契約どおり施工されたのであるから,市は,その限りにおいて,本件支出負担行為等に伴い,その支出に見合う工事の完成という利益を受けたと認めることが可能である。しかし,上記認定(第3の2)のとおり,本件体育館等解体工事及び主要市道第10号線整備工事は,いずれも本件土地に徳洲会病院を誘致することを専らの目的として施工されたものであって,同病院の誘致が予定されなければ,そもそも施工の必要性は全くなかったものである。市が受けた上記利益が,本件徳洲会病院を誘致しなくても,なお市にとって有用なものであるとは認められない。また,当時,市議会議員の多数が本件土地への徳洲会病院の誘致を決定することを反対しており,…(中略)…現に市議会は,その後現在に至るまで,そのような歳出予算の議決はしていない。そうすると,上記利益をもって,損益相殺として損害から差し引きべき利益であると認めることはできず,上記支出額全額が損害となるものである。」と判示した。
 この判決も,議会の議決が地方公共団体の意思を決定することを前提として,議会の議決がない以上,予算の支出そのものが損害にあたるとしたものである。
 
(3) これに対し,原判決は,「…財務会計上の行為により普通地方公共団体に損失が生じた反面,その行為の結果,その地方公共団体が利益を得,あるいは支出を免れたといえるか否かは,当該地方公共団体が実施すべき事務や事業との関係で客観的に判断されるべきものと解される。議会が否決した費途への支出であるというだけで,それが直ちに必要性,有用性を欠き,地方公共団体の利益にならないとはいえない。」とした(20頁)。すでに述べたように,原判決の議決権に関する判断は地方自治法96条,同法138条の2の解釈を誤ったものであり,地方自治制度における議会の予算議決権(修正権)の重要性を見誤っている。この点に関し上記二つの東京高裁判決の判示内容と相違することは明らかである。
 
6 議会の議決に反する地方公共団体の損害に関する学説
 
(1) 第1審の2004(平成16年)1月21日付原告ら準備書面(4)でも述べたが,棟居快行教授は,「住民訴訟における『損害』の概念−四号請求を中心として−」との論文(神戸法学年報第1号)で,京都地裁昭和59年9月18日判決(行裁例集35巻9号26頁。以下「京都地裁判決」という。)を「本件支出負担行為は,予算の裏付を欠くので違法である。しかしながら,『府では従前から地方空港設置の可能性について調査・検討を加えることが懸案になっており,その検討資料を得るために本件調査を行う必要があったこと,右の必要性自体は,府議会においても異議がな(い)…ことからすると,[本件]調査報告書は,府にとって有用であり,かつ,その金銭的な価値は,その対価である…に見合うものであると推認される…から,右調査委託料の支出によって,府は,何らの損害も被っていない。』」と要約したのち,「判旨は,本件調査サーヴィスに対価性のみならず必要性,有用性も認められるとした上で,控除を肯定した。しかも必要性,有用性の判断基準として,@政策上の懸案事項に関する調査であり,A議会も必要性を認めていた,という客観的メルクマールを掲げている。外形的にみて有用かつ必要なサーヴィスは多数にのぼろうが,そのいずれも四号請求との関係で有用性・必要性のメルクマールをみたすとすると,本件のように議会の予算議決権を脱潜ないし無視して行われた支出行為が『結果オーライ』となってしまい,議会の政策的裁量権が損なわれることとなる。従って上記@Aのように,客観的に確立された政策ないし議会によって承認された政策に沿う形で有用かつ必要なサーヴィスのばあいにのみ,損害からの対価控除を認めることが許されよう。」とコメントしている。
 
(2) 上記判決に対する棟居教授のコメントも,議会が予算に関する議決権を有し地方公共団体の意思決定を行うことを前提に,違法な公金支出について損害から控除できるのは,議会が公金の支出の必要性を認めていたか,議会の追認が当然期待しうるなどの特別な事情が認められる場合に限られるべきであると指摘し,安易な損害からの控除に警鐘を鳴らしたのである。
 
7 結論
 
 繰り返しになるが,地方公共団体の議会の議決権は,その権限の中でももっとも基本的かつ本質的な権限である。同法96条1項に列挙された事項については,地方公共団体の長ではなく議会の議決によって地方公共団体の意思が決定されるのである。したがって,議会の議決に反する長の予算の執行は,地方公共団体の意思に反する支出であり,地方公共団体に損害が生じていることは明らかである。
 原判決は,地方自治法96条,138条の2の解釈を誤った結果,小金井市に損害がないとしたものであるから,当然に破棄されるべきである。
以上






平成17年(行ヒ)第104号

決     定

当事者の表示    別紙当事者目録記載のとおり(略)

 上記当事者間の東京高等裁判所平成16年(行コ)第189号公金支出差止等請求事件について、同裁判所が平成16年12月21日に言い渡した判決に対し、申立人らから上告受理の申立てがあったが、申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。
 よって、当裁判所は、裁判官全員一致で、次のとおり決定する。

 主     文

本件を上告審として受理しない。 

申立費用は申立人らの負担とする。


   平成18年2月7日

  最高裁判所第三小法廷                .

裁判長裁判官     藤  田  宙  靖

裁判官     濱  田  邦  夫

裁判官     上  田  豊  三

裁判官     堀  籠  幸  男